日本人の手で「蒸気機関車」を! 明治~昭和を駆け抜けた、京都の「230形」をご存じか
1900年代初め、日本で2番目の民間鉄道車両製作会社によって「230形蒸気機関車」が造られた。その歴史を紹介する。
国の重要文化財に指定

廃車後は解体を免れ、しばらく高砂工場で保管されていたが、1962年の大阪での交通科学館(後の交通科学博物館)開館に際して保存展示機に選ばれたことで、兵庫県の国鉄鷹取工場において全面的に修復されることとなる。実車には、この時の作業を表す新たな銘板が側面ナンバープレートの下部に装着された。
230形233号機は1986年の準鉄道記念物への指定を経て、2004年には鉄道記念物に。2007年には日本機械学会によって機械遺産に認定された。さらに2016年には国の重要文化財との指定を受けている。なお同形機である268号機は佐賀県鳥栖市にて、準姉妹機だったBK24号機が台湾で静態保存されている。
230形蒸気機関車は、一般の人が想像する蒸気機関車に対して、はるかに小型かつプリミティブであり、機関車固有の力強さはあまり感じないかもしれない。しかし、そのボイラ関連の構造や操作システム、シリンダーからクロスヘッドを経て動輪に至る駆動部の細部設計などは、後に日本の蒸気機関車技術が自立する上で、大いに参考となった機械遺産である。
230形を完成させた汽車製造合資会社は後にその社名を汽車会社と改め、昭和における代表的な鉄道車両メーカーとして数々の名機を送り出した後、川崎重工業に吸収合併され、その名は消えた。しかし歴史ある鉄道車両メーカーとしての名声は、多くの人の心の中に今も生きている。