昭和20年代の「動力耕運機」に致命的欠点! 田んぼで使いたいのに「防水」不十分、いったいなぜなのか

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日本の農作業を支える動力耕運機。昭和期に国産化が試みられたが、初期の製品は思わぬ欠点を抱えていた。

1947年に登場 クボタK3型動力耕運機

クボタK3。非常にプリミティブなルックスなのは戦後間もなくの製造という時代ゆえである。動力源としての農用発動機は、サイズが合いさいすれば他のメーカーのものでも搭載できた(画像:守山進)
クボタK3。非常にプリミティブなルックスなのは戦後間もなくの製造という時代ゆえである。動力源としての農用発動機は、サイズが合いさいすれば他のメーカーのものでも搭載できた(画像:守山進)

 なお、動力耕運機の国産化は昭和に入って少しずつトライがなされ始めたものの、日中戦争から太平洋戦争に至る過程において、重工業が軍需メインに再編されたこともあり、本格的な普及には至らなかった。

 結局、本格的に生産が開始されることとなったのは、太平洋戦争終結後のこと。それらが広く普及することとなったのは、昭和30年代以降のこととなった。

 さて、ここで紹介する写真は「福岡クボタ農業機械歴史館」で収蔵保存されている1947(昭和22)年型クボタK3型動力耕運機である。

 その年式を見ても分かる通り、国産動力耕運機としては初の戦後型であり、現在に至る動力耕運機の歴史における母と言っても過言ではない。

 しかし、この時代の動力耕運機には、日本での主要な農作業事情を鑑みた場合、致命的な欠点が存在していた。

 それは、機械部分の防水が不十分だったため、水田での使用が不可能だったことである。

 もちろん水を抜いた田んぼでの田起こしや畑作では相応の仕事をこなすことができたものの、水田耕作における重要な作業だった代掻(しろか)きには使用できなかったということである。

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