「戦闘機エンジン」に多大な影響も ガスタービンが自動車用に定着しなかったワケ
自動車用動力としての実用化を目指し、さまざまなスタイルで技術的トライがなされたガスタービン機関。各国空軍の航空機から自動車へ、正解大戦を挟んで活用されたその軌跡をたどる。
戦後、車や船舶、鉄道に採用の動き
一方、第2次世界大戦が終結すると、一部の技術者がガスタービンの持つ動力特性に注目し、自動車や船舶、鉄道といった航空機以外の乗物へと採用の場を広げる動きが次第に拡大していくこととなった。
ガスタービンの動力特性、すなわち、作動部分は回転構造のみゆえ極めて動きが滑らかだった点、タービンゆえの高速運転に優れていた点、使用燃料が安価な灯油で運転が可能だった点、使用部品の点数が少なく軽量化に有利な点などである。
実際のところ、1950年代から1960年代に掛けて登場したガスタービンエンジンを搭載した自動車は試作車、ショーモデル、レースカーなどに限って言えば、主要なメーカーのほとんどが手掛けていた上にモデル数もそれなりに多かった。
しかし、いずれも生産台数は1モデル当たり数台レベルであり、大量生産を前提とした市販車とは無縁だったことは言うまでもない。
そうした状況の中、市販化に一番近いところまでいったのが、1963年から1964年に掛けて55台が生産されたクライスラー・タービンだった。
クライスラーは、航空機用ガスタービンエンジンがまだ研究中だった1930年代の終わりに、早くも自動車用ガスタービンエンジンの研究をスタート。1950年代からは自動車での使用を前提とした自社オリジナルエンジンの開発も進めていた。
クライスラーとしては来るべき新時代を担うパワーユニットとして重要視していたことは間違いなく、クライスラー・タービンを55台という、試作車としてはかなり多くの台数を生産したのは、このクルマを一般ユーザーを対象とした実用走行実験に供することが目的だった。