日本の「無人サービス体験」が生むストレスフリーな観光価値【連載】平和ボケ観光論(9)
インバウンドの93.7%が利用し9割超が満足――自販機やセルフレジに象徴される無人サービスは、日本の治安と倫理観を背景に「人がいない安心」という新たな観光価値を創出した。省人化は効率化を超え、旅の質を底上げする競争力となりつつある。
異邦人を解き放つ匿名性の快楽

「平和ボケ」という言葉は、これまで危機感の欠如や無防備さを戒める自虐的な表現として使われてきた。しかし、人の移動を前提とする観光の視点で捉え直すと、その意味は大きく反転する。世界各地で移動に緊張と警戒がともなう現代において、防衛本能をほぼ解除した状態で滞在できる環境は、他国がどれほど投資を重ねても容易に再現できない希少な資産である。本連載「平和ボケ観光論」では、この環境をインバウンドの心身を回復させる世界屈指の安全インフラとして再定義する。自嘲の対象とされてきた「平和ボケ」という空気が、いかにして世界が渇望する「最高の贅沢」へと転じるのか。各地での体験を通じ、その価値を多角的に掘り下げていく。
※ ※ ※
初めて日本を訪れた外国人でも、牛丼屋のタブレット注文に一度慣れてしまえば、滞在中に何度も気兼ねなく店へ足を運ぶようになるだろう。街角に目を向ければ、至る所に飲料の自動販売機が置かれており、飲み物を探して歩き回る必要もない。
こうした省人化や無人サービスは、今の日本社会に当たり前の風景として溶け込んでいる。サービスに人が介在しないことを不安要素とせず、むしろ社会が円滑に回っている証拠として受け止める体験は、インバウンドにとって新鮮な驚きとなるはずだ。
そこには、異邦人が直面しがちな「言葉の壁」というストレスの解消がある。対人サービスで求められる客としての振る舞いや、慣れない言語でのやり取りにともなう緊張を感じる必要がない。システムを介することで、ごく自然に日本の日常に入り込める。
自分が外国人であることを意識せずに済む「匿名性の快楽」とでも呼ぶべき心地よさが、そこには確かにある。自嘲気味に使われてきた日本の「平和ボケ」という空気が、実は無意識の配慮として旅を支えているのだ。