1900年開業! 九州初の電車「別大電車」はなぜ別府に作られたのか? 地域開発の陰に消えた儚い歴史をたどる 1972年、大分駅前電停に入る廃止直前の別大電車203号。大分市デジタルアーカイブより(画像:大分市) 1937年のトキハ百貨店前、9番目の写真と同一地点。大分市デジタルアーカイブより(画像:大分市) 2024年7月、道の駅「たのうらら」でお披露目された別大電車(大分交通別大線)の車両(画像:若杉優貴) 旧・別府港があった場所と軌道跡の国道10号線。港にはゆめタウン別府が建つ(画像:若杉優貴) 別府市の別大電車の最初の終点や発電施設があった付近。現在は石碑が設けられている(画像:若杉優貴) 大正時代の別大電車と別大道路(別大国道)。大分市デジタルアーカイブより(画像:大分市) 別府市が誕生したのは大正時代の1924年。今年は市制100周年に当たる。別府温泉の発展によって別大電車も利用客が増加、1929年から1956年までは別府駅前に乗り入れる支線も設けられていた(画像:若杉優貴) 別府大分電鉄が走っていた時期の大分市・別府市の地図。新制最近日本地図、1940年(画像:若杉優貴) たのうららから見る大分市沿岸部の工場地帯。(左端は愛媛県伊方町)1960年代に多くの工場が進出、当時20万人台(合併自治体調整後)だった人口は半世紀で48万人にまで増加した(画像:若杉優貴) 別大電車の新川車庫跡。バスの車庫として使われたのち大分交通の商業施設「D-Plaza」となっておりドン・キホーテなどが出店。電車が並んでいた場所には自家用車が並ぶ。(画像:若杉優貴) トキハ百貨店前、かつての軌道跡を走る大分交通バス。別大電車のラッピングがなされている。大分交通は現在も豊州電気鉄道が設立された1896年8月5日を創業日としている(画像:若杉優貴) 九州初の電車が走っていた軌道跡(画像:若杉優貴) 関連記事 【Amazon ギフト券プレゼント】自動車DXサミットvol.4 見逃し配信中! (PR)アイティメディア/メディア・ヴァーグ 武蔵小杉「一強時代」の終焉? かつては田園地帯だった「横浜北東部」が、、賃貸「2年連続1位」となったワケ 「これならローカル線を維持できる」 JRが選んだ“昭和の風景”――20駅で止まったIC網を広げる現実解とは かつては「印刷と町工場の街」――大阪駅至近のエリアが、ファミリー賃貸「41位→1位」に躍り出たワケ 廃止か、国の関与か? JR北海道「赤字900km」と上下分離が突きつける制度の限界 この画像の記事を読む