臨海地下鉄に漂う疑念 構想自体は「90年前」から存在、しかし何度も立ち消えになっていた! 現在の晴海エリアの地図(画像:国土地理院) 明治初期の晴海エリアの地図(画像:国土地理院) 1920年頃の晴海エリアの地図(画像:国土地理院) 1950年頃の晴海エリアの地図(画像:国土地理院) 1970年頃の晴海エリアの地図(画像:国土地理院) 1980年頃の晴海エリアの航空写真(画像:国土地理院) 1990年頃の晴海エリアの航空写真(画像:国土地理院) 現在の晴海エリアの航空写真(画像:国土地理院) 「臨海地下鉄」新線のルート(画像:Merkmal編集部) 中央区の晴海エリア(画像:(C)Google) 晴海エリア周辺の様子。左は現在、右は1932(昭和7)年発行の地図。勝鬨橋がまだない(画像:国土地理院、時系列地形図閲覧ソフト「今昔マップ3」〔(C)谷 謙二〕) 晴海橋梁(画像:写真AC) 1947年頃の晴海エリアの航空写真(画像:国土地理院) 関連記事 【Amazon ギフト券プレゼント】自動車DXサミットvol.4 見逃し配信中! (PR)アイティメディア/メディア・ヴァーグ 武蔵小杉「一強時代」の終焉? かつては田園地帯だった「横浜北東部」が、、賃貸「2年連続1位」となったワケ 「これならローカル線を維持できる」 JRが選んだ“昭和の風景”――20駅で止まったIC網を広げる現実解とは かつては「印刷と町工場の街」――大阪駅至近のエリアが、ファミリー賃貸「41位→1位」に躍り出たワケ 廃止か、国の関与か? JR北海道「赤字900km」と上下分離が突きつける制度の限界 この画像の記事を読む