現役タクシー運転手が目撃した「無念の死」 同僚たちが背負う「過重労働」の宿命とは
タクシー業界の内情を知る現役ドライバーが、業界の課題や展望を赤裸々に語る。今回は、過重労働について。
東名高速で意識を失った運転手

斉藤一正さん(仮名、52歳)は、5年前の夏の深夜、東京・六本木から横浜まで客を乗せて東名高速道路を走行中に脳いっ血で気を失った。場所は川崎の手前辺り。時速80キロほどの速度だ。
不幸中の幸いで乗客のとっさの判断があり、ハンドル操作をしてもらって左側の縁石に擦るように止まった。まさに奇跡的に大事故とならずに済んだ例だ。斉藤さんのアクセルを踏む力が抜けたのと、客が異変に気付くのが早かった偶然も重なった。
救急車で運ばれたものの、そのまま意識は戻らなかったらしい。普段から高血圧ぎみで薬を飲んでいた。このときも会社では、全社員から2000円を集め、数十万円を送った。
古川武さん(仮名、61歳)は、15年前の冬、自宅のアパートで亡くなった。茶の間のテーブルに突っ伏した状態で発見されたのだ。
生涯独身。この人も平均して売り上げのいい人で、糖尿病の薬を飲んでいたが、いつも笑顔で元気に見えた。売り上げのいい人は、周囲の想像以上に無理に無理を重ねているケースが多い。
20代のトップ運転手が倒れた昭和の記憶
最後に、100人中100人が過労死だと思うであろう人がいる。ただし昭和の頃の話だから、ずいぶん昔のことになる。
筆者が北海道でタクシーを始めた時期、同年代の山田秀一さん(仮名、28歳)は、地元では老舗のタクシー会社で売り上げトップの成績だった。
常にトップ。初乗り260円で5万円近く稼ぐ“バケモノ”。社内的には当時、休憩時間とか走行キロとか面倒な内部規則は一切なく「売り上げ第一」が共通の認識。ものすごいスピードで走ったり、強引な追い越しをしたりする“神風タクシー”も少ながらずいた。
とはいえ、大きな事故を起こしてしまったらクビになるのは今と変わらない。