現役タクシー運転手が目撃した「無念の死」 同僚たちが背負う「過重労働」の宿命とは

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タクシー業界の内情を知る現役ドライバーが、業界の課題や展望を赤裸々に語る。今回は、過重労働について。

布団の中で冷たくなっていた同僚

「過労死等防止対策白書(2021年版)」(画像:厚生労働省)
「過労死等防止対策白書(2021年版)」(画像:厚生労働省)

 タクシーの監督機関である東京タクシーセンター(江東区)は、持病と過労死の線引きが難しいことなどからタクシー運転手の過労死について数字を公表していない。ただ、業界では過労死ラインの月平均80時間超の残業はできないことになっている。

 勤務の形態は、本人の希望などで日勤・夜勤・隔日勤務と分かれている。乗客の対応や、地理不案内、前述の通り事故や歩合制から来るストレスはあるが、半面、基本的に一人の時間が長く、営業職に付きものの取引先とのトラブルもない。比較的自由度の高い職業と言うこともできる。

 では、実際にタクシーで働く現実の世界はどういったものなのか。長く業界にいるといろいろなケースに出合う。筆者が見知る、過労の可能性も疑われる例を何件か挙げてみよう。

 上山宏さん(仮名、46歳)は、地方から出てきて会社の寮で突然亡くなった。ほんの何年か前のことだ。

「田舎から東京に出てきたはいいが、右も左も分からない。地理試験に何とか受かったが、乗る客は難しい指示ばかりしてくる。『広尾の明治屋まで』『蛇崩の近く』『浅草の電気ブラン』『リンゴ坂』……。俺には場所がどこだか見当もつかない。『すみませんが、私は新人なので誘導してくれませんか?』などと返答すると、『それならいい、他の車にする』と降りられる」

 慣れたらどれも難しい場所ではなく、何とはない日常のひとコマ。カーナビ案内もある。しかし、新人にはとてつもないプレッシャーだったのかもしれない。

 筆者は本人から愚痴らしきぼやきを何度か聞かされていた。見るからに実直な人柄だ。たしかに地理に詳しくないのに、地理がメインのタクシーの仕事は難しい。しかし田舎で仕送りを待つ家族のために、いくら難題を突き付けられても我慢してハンドルを握っていた。

 売り上げも少しずつ上がってきて、何とかなるだろうと思っていたら、まさか突然の死だった。その日、寮の布団の中で冷たくなっていた。会社は全社員から一人2000円の香典を集めて遺族に渡した。

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