二度の墜落で90人死亡! さらに過労強いた超ブラック企業…台湾「トランスアジア航空」の信じられない実態とは

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トランスアジア航空は、台湾の急成長する航空業界で一時的な栄光を誇ったが、安全管理と従業員の労働条件を軽視した結果、致命的な事故を招いた。過酷な労働環境と経営の不均衡が、最終的に破綻へと繋がったその軌跡を追う。

日本路線拡大で3番手に躍進

 トランスアジア航空は1951年、台湾発の民間航空会社として設立された。その後、運航を一時停止し、機内食ケータリングなどの業務に転換した。変化が起きたのは1983年、台湾のコングロマリット・国産実業グループの傘下に入り、再編された。

 1988年、台湾国内線の運航を再開し、航空会社として再び歩み始めた。その後、ATR72-500型機やエアバスA320シリーズなどを導入し、1992年には国際線チャーター便の運航も開始した。1995年にはスラバヤ(インドネシア)やマカオ(中国)への路線を開設し、本格的に国外市場に進出した。

 2003年11月、トランスアジア航空は国際航空運送協会に加盟し、2005年にはIATAのIOSA認証を取得。これにより、海外に定期的に運航する航空会社としての信頼を得た。2008年には日本にもチャーター便で進出し、2012年からは

・那覇
・函館
・新千歳
・旭川
・釧路
・帯広

への定期チャーター便を開設し、日本路線を本格的に展開した。

 2012年には、欧米路線にも対応可能な中型機エアバスA330型機を導入し、日本路線など需要の高い路線に投入された。台湾高速鉄道の開通後、国内線の需要減少の影響を受けつつも、トランスアジア航空はチャイナエアラインやエバー航空に次ぐ3番手となった。2011年11月1日、台湾証券取引所に株式上場を果たし、更なる成長を目指していた。

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