銀座を走る「東京高速道路」 将来の“遊歩道計画”は問題山積みだった? 境界未定地の謎、今後どうなる
東京高速道路は最近、メディアで取り上げられる機会が増えている。将来的に高速道路を廃止し、遊歩道として再生させる計画が持ち上がっているからだ。
会議録の限界

まず、境界未定地の問題である。
東京高速道路が建設されて以来、千代田区、中央区、港区の3区は現在に至るまで、この問題の解決についてどのように話し合ってきたのだろうか。これを知ることは難しい。
各区が話し合いの経過を区議会に報告し、会議録が残されている。この記録も不十分である。最も記録が残っている中央区の会議録では、定例会ごとに総務財政委員会から話し合いの結果が報告されている。
しかし、残っているのは発言者の口頭での発言だけで、図面もないため、各区がどのように境界線を主張したのか、具体的な内容はわからない。
その記録のひとつとして、1962(昭和37)年の定例会での杉本義一区議の発言を紹介しよう。
「第1回定例会でご報告申し上げました通り、両区において作成いたしました図面を検討いたしました結果、千代田区側といたしましては、本区提出の図面に難色を示し、大幅の修正がない限り次回の協議会に応じられないとのことでありまして(以下略)」
このように、図面を使った境界の話し合いが行われたことは明らかだが、具体的な境界案はまったくわからない。ただ、この発言からある程度の状況は読み取れる。