保津川転覆事故にみる「観光川下り」の危険性 事故発生ペースは“数年に一度”も 必要なのは感情的批判ではなく、地道な対策だ
保津川下りの歴史

今回事故を起こした保津川下りは、400年以上の歴史がある。
その歴史を背景に舟を扱う船頭の技術は高い。船頭は危険な急流を舟で進むために、舟がどの地点の岩にどのような角度であたるかを、全て身体に叩きこまなくてはならないとされている。
1997(平成9)年までは、亀岡市内でも
・保津町
・篠町山本
・河原林町
地区の出身者でなければ、船頭になれなかった。その後、範囲は拡大されたが、2014年までは
・亀岡市内
・八木町(現・南丹市)
の出身者に限定されていた。それ以降、出身地は問われなくなったものの、船頭に採用後は亀岡市か八木町に住むことを条件としている。
また、熟練の腕に頼るだけでなく、
・安全確保の訓練
・マニュアルの作成
も行われている。
2012年には、救命胴衣を全員が着用しやすい「ベルト式」に切り替えるなど、熟練技術に依存するだけでなく、安全対策のコストも支払っている。そこまでしても事故の発生は避けられないのだ。
「事故は必ず起こるもの」という意識を

過去の事故例を見てみると、2001(平成13)年9月に舟が岩に衝突し、5人が川に投げ出される事故が発生。2015年8月には船長が川に転落し、死亡している。
ほかと比較して、事故発生件数の多寡がどうなっているかは判断できないが、川下りはいかに熟練の技術と安全対策があっても、事故がゼロにはならないことは認めざるを得ない。これはほかの地域でも変わらない。
熊本県にある球磨川の「くま川下り」では、船頭になるために「艫(とも。船の後部)張り」を10年経験しなければならない。それでも過去にはいくつもの事故例がある。
自然の中でスリルを楽しむ川下りは、観光資源としては魅力的で今更無くすことはできない。いかなる交通でも「事故は必ず起こるもの」なのだ。
ただ、事故が起きるたびに原因を究明し、同じ事故が発生することに最大限の努力が費やされてきた。これから求められるのは、信頼のできる安全対策をいかに積み重ねていくかだ。感情的に批判してはいけない。