「SLは仮の姿だった?」 実は“石灰石”などで4割稼ぐ異色鉄道―― 創業127年の上場企業とは
鉄道事業の4割を占める貨物

秩父鉄道の特徴のひとつは、「貨物輸送」の比重が高い点だ。国土交通省の2024年度鉄道輸送統計調査によると、秩父鉄道の旅客運輸収入は17億3500万円、貨物運輸収入は約12億4000万円で、鉄道事業の
「約4割」
は貨物で稼いでいることになる。
主な取扱貨物は「石灰石」で、比較的近年までセメント輸送も行っていた。かつては鉄道収入の約7割を貨物が占めていたが、その比率は徐々に低下している。それでも臨海部の貨物専用鉄道を除けば、地方私鉄としては異例の高さである。
創業当初から貨物輸送が中心だったわけではない。秩父鉄道は1899(明治32)年に上武鉄道として設立され、1901年に熊谷~寄居間18.9kmを開業した。その後路線を順次延伸し、1930(昭和5)年には本線の羽生~三峰口間全線を開業した。現在は秩父本線71.7kmと三ヶ尻線(貨物専用)3.7kmを営業しており、70km超の路線延長は地方私鉄としては大規模である。
貨物輸送が本格化したのは、1923(大正12)年に秩父セメント(現・太平洋セメント)が発足したことが契機だ。沿線の武甲山でセメント原料となる石灰石鉱山が創業し、鉄道はこれを運ぶ役割を担った。鉄道創業が先でセメント事業が後という点で、明治期の鉱山鉄道とは逆のパターンだ。秩父セメントは現在も秩父鉄道の株式を保有し、傘下企業として位置付けている。
秩父セメントは業界再編を経て、1994(平成6)年に旧小野田セメントと合併して秩父小野田となり、1998年に日本セメントと合併して太平洋セメントとなった。さらに2000年には、秩父エリアの事業所が秩父太平洋セメントとして100%独立し、リサイクル燃料事業なども手掛けている。
明治期の鉱山鉄道は「先に鉱山ありき」で開業する例が多かったが、秩父鉄道は鉄道が先に開業し、後から貨物の需要が生まれた点で特異である。