「海抜0m」「蛇行道路」に挑んだ東西線! 都心~千葉を結ぶ首都圏通勤輸送の大動脈誕生、その軌跡とは
東京メトロ東西線は、1964年の開業以来、千葉県西船橋まで都心とベッドタウンを直結し、延べ3年余りに及ぶ難工事や隅田川トンネル突破を経て、首都圏通勤輸送の大動脈として地域開発と沿線価値を押し上げてきた。
高架と地下の先見の知恵

こうした難工事を解決するために導入されたのがシールド工法である。現在では多くの鉄道やトンネル工事で使われている技術だが、当時は営団初の試みであった。門前仲町~東陽町間は、この工法により無事に開通した。
シールド工法とは、地上から開削せず地下を掘り進め、前面を盾のようなもので支えながら周囲を鉄筋コンクリートで囲み、トンネルを完成させる工法である。これを選択すると、地下水の少ないシルト層を掘ることになり、地上の交通への影響も抑えられるため経済的な利点がある。ただし地質が安定しているとはいえ、難工事には変わらず、掘削には3年余りを要した。
この区間で掘削した最も深い場所は木場駅付近で、地上から18mを走っている。なお、東陽町駅以東は荒川付近から地上に現れ、高架で走行する。これは当時、田畑が多く地下を掘る必要がなかったためであり、将来の市街地化を見越した高架化には先見の明があったといえる。
こうして数々の困難を乗り越えて建設された東西線の東側終点、船橋市は近年、都心まで短時間でアクセスできることから、首都圏の「住みたい街ランキング」の上位に名を連ねている。