「デカ過ぎ」「すぐ壊れる」 “アメ車叩き”はなぜネットで盛り上がるのか?――戦後「米国コンプレックス」と地続き? 天才学者の視点からひも解く

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日本で輸入車33万台のうち、アメ車シェアはわずか4%にとどまる。燃費や維持費だけでは説明できず、戦後の米国支配や心理的依存が過剰批判や無関心を生む。消費者行動を読み解く鍵は、歴史と文化に根ざした心理構造にある。

依存と緊張の消費心理

自動車(画像:写真AC)
自動車(画像:写真AC)

 日本人と韓国人の間に見られる過剰な反発と強い憧れは、「支配者」と「支配された者」の心理構造に由来する。かつての支配・被支配関係は、被支配者の心理に長期的な影響を与え、過剰な反応や憧れを生む。

 戦後、米国は日本の統治権を事実上掌握し、経済や文化の基盤を支配した。復興期の日本は、米国製品や文化を批判せず受け入れるしかなかった。結果として、自律的判断と依存の間で心理的な緊張が生まれた。この構造が、アメ車に対する「遠い存在」という意識を強めているのかもしれない。

 ここで参考になるのが、小室直樹の分析である。小室は、日本人の韓国人に対する態度を、米国人の日本人に対する態度と社会学的に同系として捉えている。すなわち、征服者である側は無関心である一方、被征服者は過剰反応する。戦後の米国と日本の関係に照らせば、アメ車や米国文化への過剰反応は、この心理構造の具体的表れであると理解できる。裏を返せば、韓国人の日本人に対する態度も、日本人の米国人に対する態度と同系であり、強い反発と憧れが同時に混在する複雑な心理的反応を示すのである。

 トランプ大統領のような強権的で派手な象徴は、この心理的緊張を刺激する格好の対象となる。アメ車への過剰反応は、単なる自動車評論にとどまらず、国家や文化の象徴に対する感情的反応として読まれるのである。ネット上では「燃費が悪い」「サイズが大きすぎる」といった表向きの批判が目立つが、その裏には戦後

「米国に常に振り回され続ける日本」

という心理的背景が透けて見えるのである。

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