中国EV爆進を支える「日本の血税」 補助金は誰のために存在するのか? 迫る産業空洞化と国家戦略の欠陥とは
日本のEV補助金政策が引き起こす波紋は、単なる国籍論争にとどまらず、製造業の競争力や経済戦略に深く関わる問題となっている。中国製EVが補助金を受ける現状に対し、政策の構造的矛盾が浮き彫りに。日本は今、どのような産業の未来を選択するのか。
税金が中国産業を支援

日本が同様の制限措置を取らない背景には、
・多国間貿易協定への配慮
・対中関係悪化のリスク回避
といった要素があるだろう。しかしその代償として、日本市場における中国メーカーの定着を黙認する構図が生まれている。補助金政策は、単に自動車産業の支援策という枠を超え、経済安全保障や供給網戦略の一環として機能させるべき局面に差し掛かっている。
補助金の存在意義とは本来、社会的・産業的な転換を促すために、民間の意思決定コストを一部肩代わりするものである。では、今の補助金が促しているのは何か。答えは明白だ。日本の消費者が中国製EVを
「コストパフォーマンスの勝者」
として受け入れるインセンティブを提供し、それにより中国メーカーが国内市場の土壌を耕すことに加担している。
しかも、問題は車だけではない。バッテリー製造設備という裏方産業においても、日本企業は安さと効率性を求めて中国製ラインの導入を検討しているという報道がある。経済安保を目的として数千億円規模の税金がバッテリー投資に投じられているが、その金が最終的に中国の設備メーカーに流れる構造があれば、政策目的そのものが裏切られる。
結局のところ、補助金という“市場介入”が、自国産業の優位性を回復する装置になっていない限り、制度自体の存在が問い直されることになる。
「日本の血税が中国産業の加速装置となっている」
という批判が出るのは当然だろう。