山口「錦川鉄道」経営危機 岩国市の存廃協議入りも、沿線住民は熱い存続運動 昭和の奇跡は再び起きるのか
市の補助金は「毎年1億円以上」

錦川鉄道は2000年代半ばから観光客の誘致と経営の多角化に取り組んできた。旧国鉄の未成線を活用した観光遊覧車「とことこトレイン」、イベント列車専用の停車駅「清流みはらし駅」の開設などが観光面の目玉になり、住民も積極的に協力している。
経営多角化では、
・イベント列車運行の旅行代理店開設
・JR岩国駅東口や市営バスの業務受託
・観光名所である錦帯橋の管理受託
などを進めてきた。
三セク鉄道経営多角化の先進例とされ、これら副業の売上高が本業の運賃収入を上回るが、赤字を脱却するほどではない。
「毎年1億円以上」
に上る市の補助金など、公的支援でどうにか経営を続けているのが現状だ。
市は3月に策定した地域公共交通計画で国の転換交付金を基にした鉄道経営対策基金が残り少なくなり、2024年度にも底をつきかねないと推計している。
合併特例債や過疎債を原資とする補助金の財源確保も今後、厳しくなる見通し。錦町にある岩国高校広瀬分校が2025年3月で閉校することもあり、生活利用の減少はさらに深刻さを増す。
住民は存続求めて運動展開へ

それでも地元の人たちは存続をあきらめていない。岩日線を錦川鉄道が引き継いだ際には、地元の熱心な存続運動が地方自治体を動かしたからだ。錦川鉄道の運行開始を報じた1987(昭和62)年7月26日の中国新聞には
「女が守った古里レール」
「訴え10年感無量」
の見出しが並ぶ。
当時、岩日線は路線廃止、バス転換やむなしの空気が流れていた。旧錦町では「岩日線を守る会」(現錦川清流線を育てる会)が結成された。さらに、旧錦町と旧美川町の婦人会が署名集めや県への陳情、イベント列車の運行など存続運動の先頭に立った。
ほたる祭り、カラオケ大会など岩日線の名前を冠したイベントは頻繁に開催された。広報役を務めた旧錦町役場の職員が「イベント屋」とからかわれたほどだ。商工会は景品に広島県の宮島へ行く初詣列車のチケットを出した。
イベントで集客しても、岩日線の利用客を大幅に増やすことはできなかった。しかし、奇跡は起こった。存続運動のなかで、沿線自治体が想定していなかった第三セクターでの存続案が急浮上したことだ。
前述のやましろ商工会青年部錦支部・堀江甲士さんは、
「住民が減ってできることも限られるが、存続を願う思いをこれからも市に届けていきたい」
と意気込んでいる。地元の熱意が再び、自治体を動かすことができるのか、正念場はこれからだ。