1970年代の北米レースを制覇! 最強の日本車「BRE ダッツン240Z」をご存じか
20台の240Z、上陸

そして、SPL311とその後継モデルだったSRL311(フェアレディ2000)によるレース活動が相応の好成績を収めていた1969年夏、この時点においてSRL311でのレース活動を高く評価されていたBREに対して、北米日産を通じて新型スポーツカーによるレース活動のオファーが入った。この時のクルマこそが後のフェアレディZである。
1970年1月、カリフォルニア州のBREの元に、日本側から20台の新車の240Zが送られてきた。ここからの課題は、シーズン開幕までに戦闘力の高いレースカーに仕上げることである。しかしSCCAプロダクションというカテゴリーはその名の通り、市販状態からのモディファイが厳しく制限されており、事実上、メーカー純正装着されていたもの以外は、主として安全性と耐久性を向上させるためのパーツ交換やモディファイしか認められていなかった。
もちろんこうしたことは最初から分かっていたことであり、だからこそ既に旧式化していたSRL311に対して、完全新設計ゆえにそのパフォーマンスアップが大いに期待できたHLS30こと240Zであれば、レースカーとしての性能が向上することはまず間違いなかった。
ここで当時のSCCAプロダクションレースについてもう少し詳しく説明しておこう。SCCAプロダクションの最大の特徴は「ほぼ同レベルの動力性能」と思われる、年代もエンジンのキャパシティーも異なるさまざまなスポーツカーが熱戦を繰り広げていたということである。
一番高性能なクルマはAプロダクション、その次がBプロダクションといった具合に、一番非力なHプロダクションまで詳細に分けられていた。240Zが参戦していたCプロダクションにおける最大のライバルと目されていたのは、日産と同じく本国メーカーが殊の外力を入れていたトライアンフTR6。この他にも、一見すると旧式極まりなかった283エンジン搭載の初代コルベットの大群も侮れない強敵だったし、ロータス・エランなども油断ならないライバルだった。