「高速道路って、結局無料にならないの?」 2115年まで延長された有料期間、インフラ維持を蝕む“供給制約の二重構造”とは
安全維持の「絶対正義」と物流危機のジレンマ

高速道路の有料期間を引き延ばし、管理を継続していくべきか。この議論は、安全を守るという管理側の理屈と、膨れ上がるコストに喘ぐ物流や地域経済の切実な事情が、複雑に絡み合っている。どちらかが正解と言い切れるような、二元論で片付く話ではない。
そもそも、道路は誰もが自由に使える公共財であり、無料であることが原則とされてきた。だが、2012(平成24)年に起きたトンネルの崩落事故は、管理の不備が人命を奪いかねないという冷酷な事実を突きつけた。2023年の法改正から3年が経過した今も、古いインフラを直すための資金を守ることが最優先に掲げられている。
安全を保つための費用は、それを使う人が負担すべきだという考えが、2115年までの期間延長を支える土台となっている。一方で、事実上の「永久有料化」に対する批判を無視することはできない。集めた料金がどう使われ、借金がどれほど減っているのか。これまで以上に納得感のある説明が求められている。
物流の現場に目を向ければ、企業の体力は限界に達しつつある。2024年から本格化した物流クライシスにより、人手不足や人件費の跳ね上がりは、経営を激しく圧迫している。本来、コストが増えれば運賃に反映され、最終的には消費者が手にする商品の価格へと転嫁されるのが筋だ。だが実際には、多くの運送業者がその重荷を自ら引き受けてしまっている。本来なら社会全体で広く薄く分担すべき安全維持の経費が、物流の現場で止まってしまっている。
かつて行われた無料化の社会実験では、荷物を運ぶコストが下がるという期待があった。しかし、蓋を開けてみれば交通量が増えたことによる渋滞の悪化や、鉄道、フェリーといった他の交通網への打撃といった副作用も浮き彫りになった。安全のための投資も、物流の歩みも、どちらも止めることは許されない。ふたつの譲れない条件が同時に存在していることが、この問題を解くことを難しくさせている。