「残クレアルファード」はなぜ社会に浸透したのか?──身の丈を超えた購買を生む欲望の正体、現代思想から考える

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高級ミニバン・アルファードを巡り、500万円超の車両価格の半分以上を数年後に据え置く残価設定ローンが広がるなか、月々負担の軽さに隠れた総支払と“他者模倣”による需要拡大が議論を呼んでいる。インターネット上で論争が続く。

情報開示と支払い構造の見直し

高級ミニバン現象の構造。
高級ミニバン現象の構造。

 この真似の流れから離れ、まともな産業と消費の形を取り戻すには、いくつかの具体的な動きが必要になる。まず制度の面では、月々の支払額の小ささだけを強く見せるのではなく、数年にわたる利息の合計や最終的な支払総額を同じように分かりやすく示すことが求められる。情報をはっきりさせ、支払いの制度が判断をゆがめることを防ぐ環境を整えなければならない。

 事業者側には、売却価格の高さに頼る収益の形から離れ、移動そのものの使いやすさや質に基づいた定額の利用形態を広げることが求められる。見た目の良さを優先する買い方から距離を取る流れを作る必要がある。使う側は、車を自分を大きく見せるための物ではなく、暮らしを支える道具として見直すべきだ。

 ジラールが示したように、自分の欲が周囲の真似に支えられている現実に向き合うことが出発点になる。他人の目を前提にしない状態を受け入れ、自分の基準で物を選ぶ力を取り戻すことが重要だ。見せ方に頼るのではなく、自分の暮らしの実態に合った選び方へ戻る必要がある。周囲と同じ物を持つことに価値を置くのをやめ、中古車や実用的な車を使いこなすことに、行き過ぎた真似から抜け出す道を見出すべきだ。

 五年から十年後、この真似を支えてきた制度は終わりを迎える可能性がある。電気自動車への切り替えや自動運転の実用化が進むことで、今は価値が高いとされる大きなエンジンや豪華な内装は、急速に時代遅れのものになる。次に同じ形を欲しがる人がいなくなれば、将来の売却価格を前提とした資金の流れは止まる。

 人々の考え方は、移動の効率を重く見る層と、過去の象徴にこだわる層に分かれていく。流行が終わるとアルファードはあこがれの対象から落ち、消費のあり方を問い直すきっかけになる可能性がある。かつての称賛は冷静な見直しへと変わり、集団の判断基準が変化する。

 今、運転席で握っているハンドルが、数年先の自分の暮らしを考えた選択なのか、それとも周囲の真似を追いかけた結果なのか。その答えを出すための材料は、すでに目の前にそろっている。

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