関東大震災復興を支援! 多摩川「砂利鉄道」をご存じか
関東大震災後、東京の鉄筋コンクリート建築の急増を支えた多摩川砂利。最盛期には200業者、数千人が採掘に従事し、鉄道輸送を通じて都市復興と建設物流を支えた地域経済の“隠れたインフラ”の実態に迫る。
多摩川砂利の産業化

かつて多摩川流域では、「砂利採取」が地域経済の重要な柱となっていた。多摩川の砂利は江戸時代から道路や庭園の敷砂利として利用されてきたが、明治時代に入ると道路や鉄道のバラスト材としての需要が急増した。
バラスト材とは、線路の枕木やレールの下に敷かれ、線路の安定を保つための砕石のことを指す。砂利はレールを支え、雨水の排水を助けるとともに、列車の荷重を地面に均等に伝える重要な役割を果たした。この背景には
・都市化の進展
・都心への建設資材供給の必要性
があった。
砂利採取は周辺農家にとって貴重な収入源であり、人力による重労働であるにもかかわらず収入は高かった。採掘に従事する人夫は昼食に白米を食べられるほどで、地域経済に直接的な恩恵をもたらしていた。こうした労働力の動きは、都市の建設需要を支える輸送ネットワークの前提ともなった。
作業はまず鋤簾(じょれん。土砂や小石、落ち葉などをかき寄せるための道具)を用いて砂利をかき寄せることから始まる。河原に堆積した砂利は硬く、掘るだけでも大きな労力を要した。集めた砂利はふるいにかけて土砂を取り除き、粒の大きさを整えて運搬される。
1日にひとりが掘れる面積は4~5平方メートルに限られたが、こうして都市の建設現場に届けられる砂利の流通は、地域経済と都市インフラの両面で大きな意味を持った。