時速200kmのスポーツカー追突で夫婦死亡 首都高湾岸線の悲劇は本当に「危険運転致死」だったのか? あえて冷静に再考する
時速200kmで他の車6台を妨害したあげくに追突、ふたりの命を奪っても、この国では交通事故なので起訴されるまでの約2年を自由に過ごせるし、殺人罪にも問われない。
殺人罪適用は厳罰主義なのか

実際、堺の事件では「殺人罪」を適用した。ゆえに画期的だったのだが、制限速度80kmの高速道路で最大時速268kmを出して複数の車を妨害したあげくに追突してふたり殺害というのは、犯人は人の死亡する可能性を十分に認識し、故意にこれを行ったとするのが妥当ではないか。
もちろん検察としては確実な起訴を選ぶだろうが、堺の事件のように交通事件であっても殺人罪を適用することは決して厳罰主義でもなく、むしろ司法の健全性を示すものだと考える。
もちろん、現実問題として現行の「法律の壁」と「司法の事情」が複雑に絡むことは承知の上である。また危険運転致死罪は最大で懲役20年までいけるので殺人罪までハードルを上げなくとも危険運転致死罪で十分、という考え方もある。
しかし繰り返すが、時速200kmで他の車6台を妨害したあげくに追突、ふたりの命を奪っても起訴されるまでの2年以上を自由に過ごし、殺人罪にも問われないというのは理不尽に思う。このケースは危険運転致死すら生ぬるい「殺人」であり「ふたり殺害」ではないか。
厳罰主義でもなければ類推解釈でもなく、時速200kmで複数台の車を妨害したあげくにふたりを死に至らしめた行為は、本当に危険運転「致死」なのだろうか。いまだにそのありさまが問題視される危険運転致死傷罪、今一度の見直しが必要だろう。