時速200kmのスポーツカー追突で夫婦死亡 首都高湾岸線の悲劇は本当に「危険運転致死」だったのか? あえて冷静に再考する

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時速200kmで他の車6台を妨害したあげくに追突、ふたりの命を奪っても、この国では交通事故なので起訴されるまでの約2年を自由に過ごせるし、殺人罪にも問われない。

カギとなる「未必の故意」

交通事故(画像:写真AC)
交通事故(画像:写真AC)

 今回の事件に戻ると、時速200kmで複数の車を妨害し、あげくに追突でふたりの命を奪う行為は本当に「故意」ではないのだろうか。確かに堺の事件のように「はい、終わり」といった殺意を認定できるような記録はない。しかし男は最大で時速268km出していたと起訴状にある。

 首都高湾岸線の制限速度は時速80km、もはやスピード違反がどうこうというレベルにないが、時速200km以上までアクセルを踏んだのはその男の意思であり、そのスピードで他の車を妨害したのもまた男の意思である。これを「でも、人を殺す意思はなかった」と判断することが正しいのか、「人を殺す認識があった」ではなかろうか。

 だからこその危険運転致死での起訴だが、筆者は今回はドライブレコーダーの証拠や事実を勘案すれば「未必の故意」による殺人罪に問えたのでは、と考える。

「未必の故意」は端的に言えば「人を殺してしまうかもしれないが構わない」と思う心理状態を指すが、あおり運転(殺人罪適用の判例あり)や飲酒運転(殺人罪適用の判例なし)における殺人罪も明確に「殺してやろうと思った」とでも言わない限りはこの「未必の故意」が論点となる。

 実際、堺の事件で男は殺意を否定、「はい、終わり」は「自分の人生が終わった」と思って言ったと主張した。結局この主張は認められなかったわけだが、ならば過度の暴走および速度による運転とそれによる致死も「未必の故意」では、と思うのだがどうだろうか。また「危険運転致死傷罪」では、

「自動車の運転により人を死傷させる行為等の処罰に関する法律」
(危険運転致死傷)
第二条
二 その進行を制御することが困難な高速度で自動車を走行させる行為
三 その進行を制御する技能を有しないで自動車を走行させる行為
四 人又は車の通行を妨害する目的で、走行中の自動車の直前に進入し、その他通行中の人又は車に著しく接近し、かつ、重大な交通の危険を生じさせる速度で自動車を運転する行為
(本稿関連部分のみ抜粋、2014年施行時点)

となっていて、さすがに本件は「四」で起訴されたが、自動車による事故だから「危険運転致死傷罪」と最初から考えるのではなく「殺人罪」の適用も検討すべきだったように思う。

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