ぶっちゃけ「白ナンバーの軽自動車」ってダサいのでしょうか?――ネット上の批判が映す“謎の序列意識”、3190万台市場の見た目分断とは

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軽自動車3,190万台時代、白ナンバー普及とともに“視認性”と“階層意識”が衝突。価格200万円超モデルやZ世代67.6%の車離れが進む中、制度と感覚のズレが路上で摩擦を生み、静かな論争が拡大している。

境界線の行方

「軽の白ナンバー」論争の構造。
「軽の白ナンバー」論争の構造。

 白ナンバーを巡る一連の議論は、排気量を基準とした階層意識が終わりを迎えようとしている予兆かもしれない。2025年に前述のとおり約3190万台に達した軽自動車の勢力図は、今後、電気自動車への移行によって大きく塗り替えられるはずだ。660ccという排気量の制限が消え去るとき、車両を区別する根拠は、エンジン性能ではなく、物理的なサイズや空間をどれだけ占有するかという点に移っていく。

 白ナンバーという選択が、洗練された表現として受け入れられるのか、それとも身の丈に合わない飾り立てと断じられるのか。それは結局、持ち主の心持ちに左右されるのだろう。「車は靴であり、足だ。使い道は人それぞれでいい」。そうした哲学を持つユーザーにとって、軽自動車はもはや引け目を感じるような対象ではない。ホテルの駐車場で高価な外車に囲まれても、「この車を愛し、誇りを持っている」という境地に達した者にとって、プレートの色は装いの一部に過ぎないのだ。

 KINTOのデータによれば、都内に住む「Z世代」の67.6%が車離れを自覚し、サブスクリプションの利用を検討する層も急増している。車が所有する資産から利用するサービスへと姿を変えるなかで、プレートの色に自らの体面を重ね合わせる行為は、前の時代の遺物として消えていくに違いない。

 将来、人々の評価の対象となるのは、ナンバーの色ではないはずだ。都市の限られたリソースである空間を不必要にふさぐ大きな車両や、合理的な移動手段を選べない判断力の欠如こそが、問われることになるのではないか。

 白ナンバー騒動は、日本人が排気量による格付けから、機能に基づいた環境へと移り変わる途中で起きた、認識の食い違いである。

「軽自動車で十分だという考えが広まり、普通車が贅沢品扱いされる」

そんな変化のなかで移動のサービス化が進めば、所有という重荷から解放された人々にとって、かつての序列は何の意味も持たなくなるだろう。

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