信仰か、カネか? 迷走する山梨「富士山登山鉄道」構想 かつて何度も頓挫の歴史、地元は「なぜそんなに急ぐのか」の声
山梨県が推進する「富士山登山鉄道」構想が注目されている。その経済効果や実現性について、現在、多くの議論が交わされている。
「霊峰」としての富士山

富士吉田市の担当者によれば、市が得ている登山鉄道構想に関する情報は、県が公式ウェブサイトに公開している内容や、メディア報道のもの程度だという。
同担当者は次のように続けた。
「行政として事業を行う際、地域の住民に対する説明責任は当然あると考えます。しかし、なぜ県がここまで計画を急いで進めているのか、私たちにも理解できません」
県の説明不足が逆に、登山鉄道構想の実現可能性を低下させているのではないか。
富士山には過去にも、登山鉄道の建設構想が何度もあった。しかしその都度、実現は進まなかった。主な理由として、登山鉄道がどのような形態であろうと環境を破壊し、
「霊峰としての富士山の価値」
を損なうとの懸念があった。
昭和初期の出来事がその象徴的な例だ。1936(昭和11)年に富士登山鉄道が計画を申請した鉄道建設計画を、当時の鉄道省は許可する方針を示していた。
このときの計画は山腹にトンネルを掘り、ケーブルカーを頂上まで延ばすというものだった。しかし、文部省はこれに待ったをかけた。鉄道省が許可を出す直前に、富士山を名勝地として指定することを表明し、計画をストップさせたのである。
文部省の判断の背後には、富士山が信仰の対象である「霊峰」で、自然も含めて保護されるものと考えたからだ。それ以後も、富士山は信仰の対象として、また環境保護の観点から保護されるべき存在との認識は揺るがない。問題は、富士山をどのように保護するかという点にある。
この問題について、対立することなく冷静な議論を経て、最良の解決策を合意できることを期待している。