なぜ都会人は、毎朝わざわざ「ストレス満載の電車」に身を委ねるのか?

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早朝の満員電車、乗車率150%の車内で91.6%がイライラを経験。動かない人やスペース確保の心理が生む混雑は、都市設計と秩序の産物でもあり、通勤の不快と社会のリズムを映す鏡となる。

「我慢する」という統制

電車通勤をしている500人を対象に行われた「電車通勤中にイラッとする人に関する意識調査」(画像:ビズヒッツ)
電車通勤をしている500人を対象に行われた「電車通勤中にイラッとする人に関する意識調査」(画像:ビズヒッツ)

 満員電車でイラッとした相手に対し、多くの人はただ「我慢する」。前述の調査によれば、その割合は58.2%。理由は簡単だ。「トラブルを避けたい」「仕方がない」。知らない他人に声をかければ、面倒なやり取りになるかもしれない。ほんの少しでも秩序を乱せば、列全体に波紋が広がる。

 日本人は昔から我慢強いといわれる。しかしここで見られる「我慢」は美徳のためではない。自分を守るため、秩序を守るための処世術である。会社に遅れれば叱責され、声を荒げれば他者に迷惑をかける。人々は、正義よりも秩序を優先する。押されても、踏まれても、列は乱さず、誰も声を上げない。

 調査の6位に挙がる「匂いがきつい人」の話も興味深い。

・体臭
・香水
・柔軟剤

それぞれが生理的なものだが、そこにも都市生活の論理が潜んでいる。自分の存在感を守ることは、知らず知らず他者の空間を侵すことになる。密閉された電車のなかで、自由と制約の境界は曖昧になり、人々は無意識に自分を抑え込む。

 満員電車は、個性を脱ぎ捨て、匿名の中に溶け込む装置でもある。音を消し、匂いを消し、表情を消す。そのなかで、誰もが自らの立ち位置を守りつつ、列の秩序に従う。日々の我慢は、都市という大きな身体を動かす、見えない糸のようなものかもしれない。

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