ホンダの遊園地「多摩テック」覚えてる? 閉園から17年、観覧車は海外へ! 13万平方メートルの跡地が問いかける、これからの街づくりとは
閉園後も模索が続く跡地活用の未来

日野市議会では、2025年12月や2026年4月の一般質問で、民有地である跡地の活用が話し合われた。その将来像は、今も地域の関心事となっている。
背景には、かつての経済成長期に通用した「大型施設を誘致して税収と雇用を増やす」という開発モデルが、人口減少の進む現代では成り立ちにくくなった現実がある。前述の『レジャー白書2026』によれば、テーマパークへの潜在需要は11.3%に達するものの、多額の初期投資を回収できるだけの集客を長期にわたって見込むのは極めて難しい。
跡地の活用方法としては、民間のレジャー施設や宿泊施設、教育施設、緑地の保全など、いくつかの方向性が考えられる。しかし、レジャー施設なら維持費を賄う継続的な収入が、教育施設なら長期にわたる学生需要の確保が欠かせない。緑地の保全は直接的な収入を生まない一方、災害の防止や生活環境の保全につながる。交通渋滞や自然環境への影響も含め、誰が利益を得て、誰が維持費を負担し続けるのか。費用と収入の関係から判断する必要がある。
これと対照的なのが、撤退したホンダモビリティランドの現在だ。同社は事業拠点を集約して経営の効率化を進め、2022年の社名変更とともに「鈴鹿サーキットパーク」「モビリティリゾートもてぎ」へとブランドを統一した。台湾・高雄市では、鈴鹿サーキットのライセンスを提供し、現地企業が運営する「SUZUKA CIRCUIT PARK」も開業している。次の成長を目指す企業と、いまだ活用の道筋が見えない跡地との対比が、レジャー開発の光と影を映し出している。
閉園後、シンボルだった大観覧車「トップキャビン」は解体され、日系企業を通じてフィリピン・マニラのショッピングモール「SMモール・オブ・アジア」へ移設された。2011年に「MOA Eye」として再び営業を始めたことは、遊具設備が中古市場を通じて比較的早く現金化され、別の集客事業に活用されたことを示しているだろう。
一方、一部のジェットコースターの残骸などが長期間残された土地そのものは、別の場所へ移すことができない。大学施設の具体的な構想があっても、その土地固有の自然環境や都市計画法、多額の造成費の壁を越えられなければ、計画は頓挫してしまう。海外市場で流通できる設備と、地域の規制に左右される広大な土地。この性質の異なる資産を同時に処理しなければならない点に、事業清算の難しさが表れている。