JAL「リゾッチャ」の興隆と崩壊――「ボロッチャ」揶揄も、JALの歴史を語る上で欠かせないワケ
1994年に就航したJAL「リゾッチャ」は、20代海外旅行ピークを牽引した一方、不採算路線や老朽機材で14年で終了。2010年のJAL破綻にも影響を与えた象徴的キャンペーンだ。成功と失敗の両面から、いま低迷する海外旅行需要への示唆を残している。
海外旅行退潮が象徴したサイパン撤退
2002(平成14)年、日本航空と日本エアシステムが合併すると、コスト削減の流れが強まった。制服や特別塗装機は次々と姿を消し、当初のオリジナリティは失われた。
2005年には長年続いたサイパン路線から撤退した。日本人の海外リゾート需要の退潮を象徴する出来事だった。こうした情勢のなか、2008年にリゾッチャ・キャンペーンは14年の歴史に幕を下ろした。
その2年後の2010年、JALは経営破綻に追い込まれた。JALウェイズも日本航空本体に統合され、姿を消した。一世を風靡したリゾッチャの時代は、ここで終焉を迎えた。
しかしリゾッチャは、独特のデザインやサービスの記憶とともに、多くの利用者の心に残り続けている。今もJALの歴史を語る上で欠かせない存在だ。
コロナ禍の2020年11月14日には、当時のサービスを再現した「ハワイ気分特別チャーター」が運航された。ビンゴ大会や景品、花柄制服まで再現され、40~60代を中心にあっという間に完売。盛況のうちに実施された。