女子中学生による置き配盗難──「日本人 = 性善説」は大嘘? コスト限界で導入された「見えない空間」を考える

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人手不足と再配達増加に直面する物流業界は、玄関先への「置き配」を導入した。だが制度の基盤は「信頼」ではなく、盗難リスクを含む損益分岐点に過ぎない。監視のない空間で制度が揺らぐなか、防犯カメラや保険の普及が急務となっている現状を描く。

再配達コストの限界

置き配のイメージ(画像:写真AC)
置き配のイメージ(画像:写真AC)

「置き配」とは、宅配便の荷物を配達員が手渡しせず、玄関先や宅配ボックスなどの指定された場所に置いて届ける方法である。配達員と受取人が直接会う必要がない仕組みだ。人手不足や再配達の増加に対応するために導入された。

 この制度については、

「日本人は人を信頼する文化だから成立した」

とする意見もある。しかし制度の背景にあるのは信頼ではない。置き配が広がったのは、再配達にかかるコストが限界に達したからである。制度設計には、人への信頼という考え方は含まれていない。

 実際には、

「盗まれるかもしれないが、それでも置くしかない」

という判断に支えられている。置き配は、人の善意に頼る制度ではない。なるべく人の手を使わずに荷物を届ける、最後の手段として生まれた。配達員の労働負担や人件費の削減、再配達の減少が緊急の課題となっていた。そのため、対面での受け取りの形が見直された。

 つまり、置き配は信頼を前提とした制度ではない。むしろ信頼が成立しない状況を前提にして作られた制度である。現在では、防犯カメラや盗難保険、スマートロックといった安全対策が次々と用意されている。

「人はみな善である」

という考え方は、この制度には含まれていない。

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