なぜ日本では「クルマ = 文化」が成立しないのか? ドイツと決定的な差を生む「記憶・言葉・体験」の欠如――豊田章男氏が挑む“心の変革”とは

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「クルマを文化に」――2025年6月、豊田章男氏が新たな視点を掲げた。年間60兆円超の産業が問われるのは、経済貢献ではなく、記憶と誇りに根ざす新たな価値づけだ。

体験価値としての車文化

自動車(画像:Pexels)
自動車(画像:Pexels)

 今回のスピーチで豊田氏が強調したのは、

・自動車工業会
・自動車会議所

の違いである。前者が動かしてきたのは行政であり制度設計だった。対して後者が動かそうとしているのは「人々の心」であるという。

 この転換は重要だ。かつて自動車業界は、政府と並走しながら道路整備や高速網の拡充、補助金政策などを通じて市場を拡大してきた。だが成熟期を迎えたいま、必要なのはハードの整備でも生産台数の拡大でもない。「人がどのようにクルマと生きるか」を再定義しなければ、自動車の意味は空洞化していく。

 その意味で、スローガンの焦点は心に届く産業に自らを変えていくことにある。だが、それは広告を刷新することやキャッチフレーズを更新することで達成されるものではない。クルマとともに過ごす時間が、いかに人の記憶や感情と結びついていくかが問われる。

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