なぜ日本では「クルマ = 文化」が成立しないのか? ドイツと決定的な差を生む「記憶・言葉・体験」の欠如――豊田章男氏が挑む“心の変革”とは
「クルマを文化に」――2025年6月、豊田章男氏が新たな視点を掲げた。年間60兆円超の産業が問われるのは、経済貢献ではなく、記憶と誇りに根ざす新たな価値づけだ。
スローガンが照らす「心」の問題

「クルマをニッポンの文化に!」というスローガンには、ある種の痛切な問いが込められている。2025年6月10日、日本自動車会議所の新会長に就任した豊田章男氏(トヨタ自動車代表取締役会長)は、自動車産業が技術や経済の領域を超えて、日本人の誇りとなる存在たりえているかと問うた。
それは、自動車産業がいままで担ってきた社会的役割への回顧ではなく、これから何を担うべきかという未来への問いかけである。日本が誇るべきものとして、
・和食
・アニメ
・伝統文化
が挙げられるなかで、自動車が自然と語られることの少なさ。それが、豊田氏の掲げたスローガンの出発点だ。
だがこの「文化」とは何か。そしてクルマは、ほんとうにそこに連なれるのか。それは、機能や経済貢献とは異なる次元の問題である。すなわち、感情と記憶に関わる問いだ。