機体空中分解で110人死亡! さらに130億円横領もあった最悪航空会社、台湾「ファーイースタン航空」をご存じか

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台湾有数の航空会社だったファーイースタン航空は、老朽機材の更新失敗、不透明な資金調達、不動産投資への傾斜、そして経営トップの経済犯罪によって、2019年に突如運航を停止した。本稿では、その破綻までの経緯と経営判断の問題点を検証し、航空業界における持続可能な経営の要件を探る。

成長の裏に潜む事故の影

 ファーイースタン航空は1957年にチャーター便運航会社として設立された。しばらくはチャーター便専用で、定期便の運航はなかったが、1963年に定期便を開始した。その後、30年間にわたり、台湾本島や澎湖諸島、金門島などの離島への路線を運航し、国内線の大手航空会社として君臨した。

 1996年、高雄からパラオやスービック(フィリピン)を結ぶ免許を取得。これを契機に国際線にも進出し、

・日本
・韓国
・カンボジア
・フィリピン

などへの路線が開設された。2004年には貨物便の運行を開始し、台湾の旺盛な貨物需要に対応した。同年、カンボジアのアンコール航空にも出資し、東アジア・東南アジア全域にネットワークを広げようとした。

 だが、その成長過程には重大なインシデントや事故もあった。特に有名なのは、1981年8月22日に起きた103便の事故だ。台北・松山空港から高雄へ向かっていたボーイングB737-200型機が、離陸から16分後に三義村・火焔山上空で空中分解した。乗員・乗客合わせて110人が犠牲となり、台湾国内で発生した航空機事故としては2番目に多い犠牲者数となった。

 この事故には、日本の脚本家・向田邦子氏も含まれており、日本でも大きな話題となった。事故の原因は、海産物の不完全なパッキングにより塩害が進み、与圧隔壁へのダメージが進行して貨物室の外板が破壊されたことにあった。事故後、ボーイングB737の貨物室の外板は厚いものに変更され、ファーイースタン航空は同型機を退役させた。

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