日本の「恐怖体験」が持つ独自の魅力【連載】平和ボケ観光論(4)
渋谷ハロウィーンという文化融合

ハロウィーンが日本で知られるようになったのは1990(平成2)年頃だが、特に渋谷で盛り上がりを見せ始めたのは2000年代半ば以降のことだ。大きな転換点となったのは2002年の日韓共催ワールドカップである。試合終了後に若者たちが渋谷のスクランブル交差点に集まり、ハイタッチを交わして喜び合う姿が大きく報じられた。この出来事をきっかけに、渋谷は特定の目的地へ向かうための通過点としてだけでなく、人々が自然と集まり、留まり、そして自由に回遊する場所として定着していった。
その後、独自の体験を求める外国人が東京に集まり始めたことが、さらに渋谷の賑わいを後押しした。日本にはアニメや漫画を起源とするコスプレ文化が根付いており、これがハロウィーンと結びつくことで、渋谷特有の熱気が形作られた。外国人が東京、特に渋谷という場所を祝祭の場として選んだ背景には、日本の圧倒的な治安の良さがある。欧米ではハロウィーンに伴う深刻な事件が報じられることも多く、一部地域では安全を確保するために活動を制限する動きも見られる。それに対し、日本であれば夜間の外出であっても身の危険を感じることなく、防衛本能を解除した状態で街を歩き回ることができる。この「警戒心の解除」こそが、世界中の人々を惹きつける大きな要因となった。
ハロウィーンが持つ死者や精霊との交流という要素も、暴力や犯罪のリスクが低い日本の環境では、純粋な楽しみとして受け入れられた。人々が夜通し街を歩き、見知らぬ者同士が安心して交流できるのは、社会全体が揺るぎない安全という土台の上に成り立っているからだ。2024年現在、渋谷のハロウィーンは規模が縮小され、以前のような騒ぎは抑えられている。しかし、海外の文化が日本の安全な土壌で独自に進化し、人々が安心して回遊できる空間を作り出した渋谷の現象は、依然として興味深い示唆を含んでいる。