ドイツ「エア・ベルリン」はなぜ破綻したのか? LCCとフルサービスの狭間で迎えた悲劇的結末、39年の歴史を振り返る

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エア・ベルリンは1978年に設立されたハイブリッドエアラインで、かつては欧州のトップ10に入る旅客数を誇っていた。しかし、2009年以降の成長戦略の失敗や競争の激化が影響し、2017年に倒産してしまった。39年間の歴史に幕を閉じることになったのだ。顧客のニーズと従業員の忠誠心の乖離が、存続の道を閉ざす結果となったという教訓がある。

レジャー客狙いの誤算、忠誠心低下の影響

2014年9月、ベルリン・テーゲル空港ターミナルCに駐機するエア・ベルリンの航空機(画像:Ralf Manteufel)
2014年9月、ベルリン・テーゲル空港ターミナルCに駐機するエア・ベルリンの航空機(画像:Ralf Manteufel)

 エア・ベルリンの経営は、ブランデンブルグ国際空港の開業の遅れなどの不運に悩まされていたのは間違いない。しかし、LCCとフルサービスキャリアの中間を目指す戦略自体は、米国のジェットブルーやカナダのウエストジェットといったモデルがあるため、問題があるわけではない。

 エア・ベルリンの問題は、メインターゲットをレジャー客に設定していたことだった。レジャー客は移動コストを抑えたいというニーズが強く、無料サービスが多かったエア・ベルリンは、他のLCCよりも割高に感じられてしまった。

 また、エア・ベルリンでは、従業員の

「会社への忠誠心が低い」

という意見も報じられていた。実際、2016年には経営再建の一環で解雇された従業員に同調する形で、約250人のパイロットが「病欠」を表明し、100便以上が欠航するという問題が発生した。

 エア・ベルリンが同時期に経営危機に陥り倒産したのに対し、稲盛和夫氏のリーダーシップのもとで従業員の忠誠心が高かったJALは自主再生を果たしたことから、エア・ベルリンの従業員と経営陣の考え方がどれほど乖離(かいり)していたかがわかるだろう。

 さらに、2000年代にLTUなど多くの航空会社を買収したことによるコストの増加も大きな問題だった。迅速な事業拡大を目指して焦りが見られたが、買収した航空会社はほとんどがドイツとその周辺国のもので、他のLCCや大手エアラインが欧州全域に拡大しているなかで、コストに見合った買収効果は得られなかったといえる。

 顧客(Customer)、従業員(Company)、競合(Competitor)の動向に合わせた事業拡大策が重要だ。企業経営において社内外の戦略を見誤ると、業界の大手クラスの規模になっても倒産するリスクがある。エア・ベルリンは、そのような教訓を私たちに伝えている。

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