秋葉原がもはや「オタクの聖地」ですらなくなった根本理由
メイドカフェ急増、秋葉原の変貌

2008(平成20)年6月には「秋葉原通り魔事件」という不幸な事件もあったが、オタクの聖地としての発展は止まらなかった。とりわけ、2000年代から2010年代の変化は劇的であった。
牛垣雄矢氏・木谷隆太郎氏・内藤亮氏による調査報告「東京都千代田区秋葉原地区における商業集積の特徴と変化―2006年と2013年の現地調査結果を基に―」(『E-journal GEO』11巻1号)の分析によると、2006年時点で秋葉原の商業集積は、
・パソコン取扱店:114店
・家電取扱店:151店
・電子部品取扱店:130店
・少女アニメ関係取扱店:107店
・アイドル製品取扱店:10店
・アダルト製品取扱店:75店
・メイド系店舗:31店
・チューン店:69店
この時点では、いわゆるオタクショップにあたる少女アニメ関係取扱店が存在感を示す一方で、従来の電気街の主力であったパソコンや家電取扱店も数多く存在していた。これが、2013年には次のように変化している。
・パソコン取扱店:81店
・家電取扱店:37店
・電子部品取扱店:119店
・少女アニメ関係取扱店:71店
・アイドル製品取扱店:37店
・アダルト製品取扱店:43店
・メイド系店舗:108店
・チューン店:108店
メイド系店舗やチェーン店が数を増した一方で、パソコンや家電取り扱い点だけでなくオタクの聖地の担い手であったはずの少女アニメ関係取扱店も数を減らしているのである。論文はこの変化を「趣味の専門店街」から
「サブカルチャー系の商業集積地」
へのシフトと表現している。ただし、このことは見方を変えれば、オタク文化がマニアの領域を超えて、
「大衆的な市場」
を獲得しつつあることの表れだともいえる。趣味の専門店街からサブカルチャー系の商業集積地への変化は、オタク文化の“メインストリーム化”を象徴していたといえるだろう。
つまり、隆盛は衰退の始まりだったのである。オタクの街として注目されているのに、オタク向けの店が減少している。このような現象がなぜ起こったのだろうか。牛垣氏の別の論文「東京都千代田区秋葉原地区における商業集積地の形成と変容」(『地理学評論』85巻4号)では、小規模な店舗が集積する秋葉原の特徴を分析した上で、こう記している。
「秋葉原地区において,従来の家電店やパソコン関係店は技術的な知識を求められたためにさまざまな規模や業種の店舗が集積することを可能としたが、近年に集積しているアニメ関係店は技術的な知識が不要であり、その点で同業種が秋葉原地区へ立地する意味は減じたといえる。アニメ関係店の集積が進んだ2000年代に小売販売額が急減しているのも、その影響とも考えられる」
さらに牛垣氏の論文では「2000年時点で雑居ビルのテナントとして確認できるアニメ関係店34店のうち2006年に存在するのは19店のみである」とも記されている。オタク文化の大衆化が進んだからこそ、多くのオタク向け店舗が集積した。同時に競争も激化したが、個々の店舗の収益性は必ずしも高くなく、隆盛の影で姿を消していたのである。