BEV・FCVだけが本当に「脱炭素の切り札」なのか? 欧州主導「緑のルール」を冷静に考える
欧州自動車工業会vs欧州委員会
欧州自動車工業会(ACEA)がまとめた2020年のEUにおける電気自動車用充電ステーションの分布図を上図に示す。2019年末の設置数は欧州合計で19万9825か所だが、その75%が
・オランダ
・ドイツ
・フランス
・イギリス
に集中している。
欧州委員会(EC)が2021年末に提案し、審議中となっている「Fit for 55」という気候変動対策法案がある。
この法案は、2025年までに欧州の高速道路と幹線道路では60kmごとにBEV用の急速充電ステーション、150kmごとに水素ステーションを設置、充電ステーションの総数を390万か所以上に拡充する必要性を指摘している。これに対し、ACEAは「Fit for 55」に対する意見書で「700万か所は必要」と提案した。
2019年末時点、日本には2万か所の充電ステーションがあるものの、急速充電器は2000か所程度で、2017年以降の増加はともに緩やかになっている。
急速充電器でも充電時間は30分程度必要で、少ないステーションを1台が30分も占有すれば、充電渋滞が起きることは容易に想像できる。夜間に普通充電できる家庭用200V充電器は設置費込みで5~8万円と安いが、集合住宅の場合、1戸に1基装備するのは容易ではない。急速充電が機能するのはバッテリー温度が一定の温度内にある場合で、バッテリーの寿命を縮めるなど、使用上の制約も多い。
なおACEAは前述の意見書で、ECの
「2035年のCO2排出量を2021年比で100%削減(事実上のICE車禁止)する」
という提案に対して、
「充電ステーションと水素ステーションの大規模ネットワークの構築、消費者に対する優遇策、エネルギー価格の適正化を踏まえた現実的で実行可能な目標立案等の見通しが極めて不確実であるため、2030年以降の目標は2028年のレビューを経て決定するべき」
と逆に提案している。
エンジンエネルギーの6割は無駄
さて、自動車用エンジンの熱効率は現時点で最大41%、つまり発生したエネルギーの59%は駆動力として使うことなく捨てている。
熱は、燃焼室内で燃料を燃焼して駆動力に変換する際に発生するが、熱から部品を保護するために水とオイルで冷却することで、発生したエネルギーの30%程度が水とオイルに奪われる(冷却損失)。
寒い日に暖房を行う際、車の冷暖房空調装置(HVAC)はエンジンが水に捨てた熱を再利用して、ヒーター内で空気を加熱する。PHV/HVもエンジンを搭載しているが、燃費向上のためにエンジンを頻繁に停止すると、ヒーター用の熱エネルギーが不足するため、ヒートポンプを追加して暖房用の熱を発生させている。なお、消費電力はPTC(正の温度係数)ヒーターより4割近く少ない。
BEVは電力の駆動力への変換効率が約90%と高いため、熱として捨てられるエネルギーは少ない。電気モーター、電力を制御するインバーター、バッテリーも発熱するため、空気や水で冷却するが、暖房に使えるほど多くの熱は得られない。
そこで一般的にはPTCヒーターで空気を加熱するが、そのためには多くの電力(3~5kW)を消費するため、航続距離が大きく減少する(車や走行環境によるが20~40%は低下)。
バッテリーは低温でイオンの移動が不活発になるため、充放電性能が低下する。フゥアウエー社は、自社のリチウムイオン電池の推奨使用温度範囲を16~25度、使用温度範囲を0~35度、保管温度範囲をマイナス20~45度と規定している。
BEVが及ぼす電力量増加
トヨタ自動車は、各種エネルギー媒体のエネルギー密度を比較している。全個体電池のエネルギー密度がリチウムイオン電池の2倍になっても、液体や気体燃料には遠く及ばない。
「同じ航続距離を確保する = 同じエネルギー量を車に搭載する」ためには「電池を大きく = 重くする」しかないが、価格が上がりスペースと航続距離が低下することは分かりやすい弱点だ。
EV用バッテリーのコストは、2021年に132ドル/1kWhまで低下したが、それでもなお充放電制御等の関連部品を含めると、車両価格の20%程度を占めると推定されている。
トヨタ自動車によると、日本の自動車全てがBEVに置き換わると必要な電力量が10~15%増加するとのこと。これは世界のどこの地域でも大差ないだろう。
発電量(再生可能電力)を増やす必要があるのか? あるいは、スマートグリッドによる平準化で対応できるのか? 発電量を増やすには莫大(ばくだい)な費用が必要なため、ノルウェーなどのBEV先進国の情報を分析し、要否を精度よく予測しなければならない。