電車トラブルが起きると、ネット民がいつも「駅員の味方」をするワケ

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駅員は決して「上の存在」ではない。安易な「従業員憑依」の姿勢ではなく、駅員をパートナーとして尊重し、協力していくことが何よりも大切だ。

従業員に憑依する大衆

佐々木俊尚『「当事者」の時代』(画像:光文社)
佐々木俊尚『「当事者」の時代』(画像:光文社)

 しかし、ここで注意しなければならないのは、こうした

「従業員憑依(ひょうい)」

ともいうべき風潮が、問題の本質的な解決を遠ざけてしまう可能性があるということだ。「従業員憑依」の元ネタは、前述の佐々木氏が著書『「当事者」の時代』(光文社)で記した

「マイノリティー憑依」

という概念だ。「マイノリティー憑依」とは、社会運動のなかで時折見られる、いわば

「幻想の弱者」

を勝手に代弁し、その立場から体制や反対者を糾弾する行為を指す。いま、SNSなどで盛んに見られる、利用者の批判に対して「企業や従業員の立場も考えろ」といった形で批判そのものを封殺したがる人たちは、新手の憑依した人たちといえるだろう。

 従業員の立場に感情移入することで、多くの人は一時的なカタルシスを得られるかもしれない。「自分は正義の味方だ」という満足感を覚えるのだ。しかし、それは表面的な同情に過ぎず、根本的な問題の解決にはつながらない。

 例えば、「理不尽な客」を一方的に非難したところで、サービス業の現場におけるストレスの軽減にはならないだろう。「お客さまは神様」という考え方や、従業員に過剰な要求をするような風潮は、簡単には変わらないからだ。

 大切なのは、個別の事例に感情的に反応するのではなく、問題の構造的な原因を見極め、解決に向けた建設的な議論を重ねていくことだ。企業は、従業員の声に耳を傾け、職場環境の改善に努める必要がある。顧客もまた、サービスを受ける側の立場だけでなく、従業員の置かれた状況への理解を深めなければならない。

 近年、SNSでは駅員に過剰に同調する「従業員憑依」ともいうべき風潮が見られる。その代表的な事例が、2021年に起きた静岡県の無人駅・来宮駅を利用しようとした車いす利用者の女性と、JR東日本の駅員とのトラブルである。

 これは、女性が友人らと旅行に出掛けた際に、JR来宮駅にエレベーターがなく、階段しかなかったことが発端となって起こったトラブルだ。この出来事はニュースでも大きく取り上げられたので記憶している人も多いだろう。この問題を巡っては

「障害者の移動権が侵害された」
「バリアフリー設備の不備が問題だ」

といった指摘がなされた。しかし、SNS上では本質とは外れた意見が殺到した。駅員の立場に立って女性を非難する声が大多数を占め、女性には誹謗(ひぼう)中傷が殺到したのである。

 当時の報道を振り返ると、女性へのインタビューからは、旅行前に来宮駅の構造を十分に確認していなかったことや、駅員とのコミュニケーション不足など、女性側にも改善の余地があったことがうかがえる。

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