大都市の公共交通「1日無料デー」が新たな経済効果を生む! 北九州市ではなんと3.5億円、課題も含めて考える
公共交通無料化の政治的課題
ただし、無料化すればすぐに利用者が増えて、公共交通をめぐる状況が改善されるわけではない。無料化に踏み切る前に、さまざまな角度から検討し、課題を洗い出しておく必要がある。
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ドイツでは、大気汚染対策の一環として地域公共交通の無料化が検討された事例がある。交通経済研究所主任研究員の土方まりこ氏の「地域公共交通の無料化の是非-ドイツを事例として-」(『運輸と経済』81巻3号)では、この議論の経緯と内容が紹介されている。
ドイツでは、2017年に欧州委員会がドイツの28都市圏で大気汚染物質の濃度が環境基準を上回っていると警告を発したこと受け、連邦政府が大気汚染対策の一環として地域公共交通の無料化を検討する姿勢を見せた。しかし、この動きに対し、地方政府や交通事業者からは反発の声が上がった。最大の懸念は、無料化にともなう
「運賃収入の減少」
を連邦政府が補填してくれるのかという点だ。ドイツ交通事業者連盟(VDV)の試算では、仮にドイツ全土で公共交通を無料化した場合、
「年間約130億ユーロ(約2兆1290億円)」
もの運賃収入が失われるとされた。さらにVDVは、エストニアの首都タリンの事例を参照し、無料化によって自転車や徒歩からの転換は進むものの、自家用車利用者のシフトは低調となる可能性を指摘した。そもそも運賃は利用者の
「交通手段選択における一要因」
に過ぎず、まずはサービスの拡充を図るべきだと訴えたのだ。
一方、無料化という選択肢が議論の俎上(そじょう)に載ったことで、各地で運賃を大幅に割り引く動きが加速した。いくつかの都市では高校生以下や高齢者向けに、年365ユーロで乗り放題となる定期券の導入が行われた。
ただし、こうした割り引き定期券でさえ、VDVは利用者の大幅な増加にはつながらないと懐疑的であった。むしろ、
「もともと公共交通を利用していた人が割安な定期券に乗り換える」
だけで、運賃収入の減少を招くリスクの方が大きいとの見方を示したのだ。この事例を紹介した上で、土方氏は次のような見解を述べている。
「地域公共交通の継続的な運営を可能とし,かつ受益と負担を一致させるという観点からも,その運賃は適正な水準に設定すべきであると考えられる。しかし,政治的な思惑の前では,こうした側面は必ずしも十分に顧慮されるわけではない。そして,いったん実行に移された施策は,その妥当性の有無に関わらず,前例となって運賃のあり方そのものに変化を及ぼすことも十分に想定されよう」
しかし、公共交通を無料化することで、移動の機会を経済的な理由で制限されることなく、誰もが自由に移動できる環境を整備することができるのは事実である。そのため、可能であれば、公共交通は税金によってまかない図書館や病院のように無料、あるいは格安で利用できるようにすることも考えられるべきだろう。
特に、貧困層や移動制約者にとって、交通費の負担は大きな障壁となる。公共交通を無料化することで、こうした人々の社会参加を後押しできる。また、自家用車から公共交通へのシフトが進めば、渋滞緩和や環境負荷の低減、中心市街地の活性化など、経済的な効果も期待できる。