「カイロス」打ち上げ会見にみる日本社会の混迷! 「失敗」を異様に忌避する空気はおかしい、「ドンマイ」でいいじゃん?
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失敗の定義

民間企業「スペースワン」が開発した小型ロケット「カイロス」が3月13日、和歌山県串本町の発射場から打ち上げられたが、数秒後に空中で爆発した。
1年ほど前に打ち上げを「中止」あるいは「中断」したとされるH3ロケットの場合と異なり、今回は多くのメディアが
「失敗」
と表現している。とはいえ、同社の豊田正和社長は会見で次のように語った。
「スペースワンとしては失敗という言葉は使いません。なぜかというと、ひとつひとつの試みの中に新しいデータがあり、経験があり、それらが全て、今後の新しい挑戦へ向けての糧だと考えております。これが会社としての文化だと考えていただければありがたいです。私どもはこれで諦めるつもりは全くございません」
「スペースワンとしては」という部分がポイントだろう。「これは失敗ではありません」といわれてしまうと
「いや、これは客観的に見れば失敗では……」
とモヤモヤするが、同社の立場としては失敗という表現はしていないのだといわれれば、素直に理解できる。
忌避される「失敗」という言葉

ただ、逆にいえば日本社会はそれほど「失敗」という言葉が忌避されているのだろう。
失敗に限らず、どうもネガティブなワードを過剰に避けているように感じる。特に、ここ10年ほどの間により一層顕著になっている。
例えば、日本では「わかりません」という言葉がしばしば禁句となっている。
新入社員が「すいません、ちょっとわかりません」と電話口でいおうものなら、先輩から即座に叱責(しっせき)を受けることだろう。
少し丁寧な「わかりかねます」も安易に使うことはできず、「そちらにつきましては、ただいま確認中でございます」ぐらいのいい換えが“オトナ力”として必要になる。
「できません」
「ありません」
のたぐいも、極力使用を避けねばならない。「あいにく弊社ではご要望にお応えできるかどうか、非常に難しいところでございます」あたりのいい換えが好ましいようだ。