なぜ岩手県は優秀な人材を輩出し続けるのか? 大谷翔平を育んだ「旧水沢市」で考える【連載】移動と文化の交差点(3)
地域アイデンティティーとしての偉人
さて、吉小路とは奥州市役所前の、長さ約500m、片側1車線の通りだ。歩いてみると、筆者が記憶していた風景とはかなり変わっていた。カフェやパティスリーなど新しい店は増えていたが、空き地が多く、人通りも少ない。雪の日だったからだろうか。
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吉小路は“偉人通り”としても知られている。
・高野長英(1804~1850年。幕末を代表する蘭〈らん〉学者で幕府の取り締まりに追われた)
・後藤新平(1857~1929年。南満洲鉄道初代総裁、内大臣、外務大臣、東京市長を歴任した)
・斎藤実(1858~1936年。海軍大臣、朝鮮総督、内閣総理大臣を歴任し、内大臣時代に2・26事件で凶弾に倒れた)
・椎名悦三郎(1898~1979年。戦後、官房長官、通産大臣、外務大臣を歴任した)
などは、この通りで生まれ育った。
水沢は人材が育つ仕組みがある町なのだろう。盛岡市や花巻市など、県内の各市にも同じようなメカニズムの存在を感じずにはいられない。
後藤新平、高野長英、佐藤実はそれぞれ記念館もあるため、おそらく水沢の子どもたちは彼らを意識するのだろう。これは
・先人記念館(盛岡市)
・宮沢賢治記念館(花巻市)
も同様である。これらのいわゆる“装置”が、地域のアイデンティティーの発展に寄与していることは間違いない。
奥州市役所には、大谷翔平MVP賞などの垂れ幕がかかっており、内部には握手像がある。水沢江刺駅近くの市伝統産業会館でも同じものが見られる。後者では、彼の結婚を祝うボードがすでに上部に張られていた。小学校5年生から中学校3年生まで通い、練習していた前沢バッティングセンターは、今では“聖地”のような存在になっている。