「EV全振り」しない日本車メーカーは正しかった! だからといって“EV叩き”も筋違い、自動車市場の競争は「政治戦」である

キーワード :
,
日本車メーカーにとって、EVに全振りするよりも、HVも含めた多様な選択肢を用意することが最適解だ。

対立を超える姿勢

HVのイメージ(画像:写真AC)
HVのイメージ(画像:写真AC)

 そしてこれは、国全体が米国と対立している中国の自動車メーカーが、米国市場で大きなハンディキャップを背負っていることと同じである。

 日本が米国の価値観とある程度共存することを選んだからこそ、自国の産業を保護するという現在の米国の政策のなかに、なんとか居場所を見つけることができるのだ。そのようなコミュニケーションは可能なはずだ。

 米国には、一方の極に集中し過ぎると、必ずその反対の極が全力で台頭してくるという非常に厳密なシステムがある。

「EV以外は悪」とたきつけても、多くの人にとって手頃で使いやすい選択肢は用意されない。また、人々のノスタルジックな感情を否定し続けるようなムーブメントが続けば、必ず逆風が起こるだろう。日本車メーカーは、それに乗じてEVをたたいてはならない。それはまた別の極に乗ることを意味するからだ。

 日本車メーカーはどちらの極にも乗らず、それぞれを否定したり、論破したり、ディスったりもしないてはいけない。自分たちが信じる

「敵は二酸化炭素であってガソリンエンジンではない」

という道をただ歩み続ければ、真実に対する無言の態度が消去法的にフレームアップされるときが必ず来る。

というのも、2023年のHV関連の市場評価の見直しのように、日本車メーカーが黙って数字を積み重ね、それが実績となれば、米国はいくらでも手のひらを返す国民性だからだ。

 繰り返すが、日本車メーカーはEVのキャッチアップに全力を尽くす必要がある。一時的な熱狂から離れても、決しておごらず、必要なことを続けていかなければならない。

 今回書いたような、対立者をディスらないブランディングの可能性を切り開くことが、真っ二つになっていく人間社会のなかで、日本発の新しい理想形になっていくだろう。

 4年に1度、世界を混乱に陥れる米国大統領選挙を虚心坦懐(たんかい)に見るならば、周囲の「意識高い系」が語っていることが世界全体の意見である、と考える愚かさを超えて、希望について語る新しい方法を見つけなければならない。

「雨ニモマケズ、風ニモマケズ」(宮沢賢治)――。このアプローチを身をもって示すことが、今後の日本におけるブランディングの勝ち筋となるだろう。

全てのコメントを見る