「武蔵小杉」「武蔵浦和」「武蔵小金井」 なぜ“武蔵”のつく駅名は21個もあるのか?

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関東地方には「武蔵」の名を冠した駅が合計21もある。東京が最も多く11駅、次いで埼玉と神奈川が5駅ずつだ。なぜこんなに多いのか。

駅名決定の経緯がわかる駅

武蔵砂川駅の駅名標(画像:写真AC)
武蔵砂川駅の駅名標(画像:写真AC)

「武蔵」の名を冠した駅が合計21もある。とすれば、駅名決定の経緯がわかる駅がひとつくらいはあるはずだ。そこで、21駅すべてに情報がないか調べてみた。結果は次のとおりである。

・決定の経緯や由来が明確な駅:武蔵砂川駅、武蔵浦和駅
・駅名を命名したと思われる人物が特定された駅:武蔵小山駅
・決定の経緯が少しでもわかっている駅:武蔵小金井駅

 駅名の由来を記した文書が残っている駅はほかにもある。しかし、そのほとんどは後世に書かれたものだ。例えば、武蔵大和駅(東京都東村山市)は、元の大和村という地名と武蔵国にちなんで命名されたとする資料がいくつかある。

 ただし、駅の開業は1930(昭和5)年に対して、この件に関する最も古い資料は1980年のものである。この資料の出典も不明で、由来が明確とはいいがたい。結局、由来が証明できる駅は1980年代に開業した武蔵砂川駅と武蔵浦和駅だけである。

 住民たちは、自分たちの住む地域に新駅ができることに強い関心を持っていたに違いない。では、なぜ駅名に関する資料がないのか。

 最近、駅名を公募するケースが増えているが、鉄道事業法では駅名の決定権は事業者にあると定められている。したがって、公募で最も得票率の高い名称が採用されるとは限らない。たとえ公募であっても、それはあくまで「要望」として扱われる。

 話は少しそれるが、1991(平成3)年に開業した京王相模原線の多摩境駅(東京都町田市)のように、地域の要望を受け付けないケースもある。この駅は当初、「相模小山」(仮称)という名前で建設が進められた。

 しかし、開業前年の1990年7月、京王電鉄は駅名を「多摩境」に決定した。これに対して、駅がある町田市は「抽象的」と反発し、市議会は駅名の再検討を求める決議を行った。しかし、京王電鉄は駅名はすべて社内で決めているとして、応じなかった。この話も、当時の新聞記事にはほとんど記録されていない。

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