京都市の「観光公害」 45年前廃止の「市電」が現役だったら避けられた?

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京都の観光公害は依然として解決されていない。この状況を受けて、インターネット上には「京都市電を廃止したのは間違いだった」などの意見が出ている。

市電廃止の経緯

在りし日の京都市電。1978年9月30日撮影(画像:時事)
在りし日の京都市電。1978年9月30日撮影(画像:時事)

 京都の観光公害は依然として解決されていない。この状況を受けて、インターネット上には「京都市電を廃止したのは間違いだった」などの意見が出ている。

 京都市電が全廃されたのは1978(昭和53)年だ。総延長68.8kmという日本最大の路面電車網を持っていた。存廃議論が本格化したのは、1965年の京都市の交通事業審議会の答申以降である。この答申では、京都市の将来的な交通体系として

「高速鉄道とバスへの移行が望ましい」

とされている。審議会がこの答申に至った理由は

・交通渋滞が路面電車の定時性を低下させていた
・ドーナツ化現象が起こっていた

ことのふたつである。

 1960年時点、京都市の人口は市電外周外が約65万人であるのに対し、外周内は約64万人で、外側の方が人口が多かった。そのため、路面電車より、郊外に高速地下鉄を建設し、バス路線を拡大した方が効率的だと判断されたのだ。

 都市化による交通渋滞やドーナツ化現象は、どの都市でも見られる。そのようななかで、円滑な人の移動のために公共交通をどう整備するかは、議論と合意形成の問題である。筆者(昼間たかし、ルポライター)が収集したデータからは、京都市は明確な都市計画や公共交通改革を検討することなく、場当たり的な施策を繰り返してきたように見える。

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