観光は今こそ「平和産業」という原点に立ち返るべきだ コロナ&ウクライナ戦争で改めて痛感した思いとは【リレー連載】平和産業としての令和観光論(1)
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コロナ禍や世界各地の戦争を乗り越え、観光が平和と国際協力に与える影響を探るリレー連載。異文化理解や対話の促進を通じて、観光は「平和産業」としてどのような役割を果たすべきかを検証する。
推進法の理念からはほど遠い現実

日本政府も、観光が21世紀における日本の重要な政策と位置付けている。1963(昭和38)年に制定された旧「観光基本法」の全てを改正した、「観光立国推進基本法」が2007(平成19)年1月より施行されている。
観光庁のウェブサイトにアップされている「観光立国推進基本法の制定について(平成18年12月)」を見ると、次のような見出しが目につく。
・地域の住民が誇りと愛着を持つことができる活力に満ちた地域社会を実現します
・住んでよし、訪れてよしの国づくり
書いてあることは実に立派であるが、現実はどうだろうか。
もちろん、これらのスローガンはあくまでも理想であり、現状は至っていなくて当然だという見方もできるだろう。しかしながら、理想に向かっているのかと聞かれたら、「イエス」とははっきりいえないような気がする。スローガンがむなしく響くのは、
・マナー/ルール違反
・混雑
・観光リーケージ
にあるといえよう。
ちなみに、リーケージ(leakage)とは、“漏出”という意味である。観光リーケージとは、せっかく人が集まるものの、観光地ではなく
「他地域に観光収入が落ちる」
ことをいう。
さまざまな国や地域から大勢の人が集まることで、今ではマナーやルール違反に関する話題は尽きることがない。その上、マナーやルール違反、混雑により地域住民は日々の生活すら脅かされているのだ。
その上、観光リーケージにより経済的に潤うことなく、ただ我慢することを強いられるのであれば、観光地の住民のフラストレーション(欲求不満)がたまるのは当然だろう。これは、観光地の住民がほとんど関わることなく、
「一部の観光に関連する施設や業界だけがもうかる、消費するだけの観光」
にかたよった結果ではないだろうか。