中央道にはなぜ「支線」があるのか? 大月JCT~富士吉田ICで長さ23km、その歴史をご存じか

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中央道には、高井戸ICから小牧JCTまでの344kmの本線とは別に、山梨県の大月JCTから富士吉田ICまでの23kmの支線がある。この支線は中央道富士吉田線と呼ばれている。

日本で珍しい枝分かれ支線

中央道富士吉田線。都留IC付近(画像:都野塚也)
中央道富士吉田線。都留IC付近(画像:都野塚也)

 中央自動車道(中央道)は、東京都杉並区の高井戸ICを起点に神奈川県、山梨県、長野県、岐阜県を通り、愛知県小牧市の小牧JCTを終点とする高速道路である。

 起点の高井戸ICで首都高速4号新宿線と、終点の小牧JCTで東名高速道路(東名)と接続する。

 高井戸ICから小牧JCTまでの344kmの本線とは別に、山梨県の大月JCTから富士吉田ICまでの23kmの支線がある。この支線は中央道富士吉田線と呼ばれている。

 日本の高速道路は路線ごとに名前が付けられており、基本的に1本の路線で、枝分かれする支線は珍しい。そのなかでも、中央道の支線は距離がやや長いため、国内では珍しい。

 中央道に支線が存在するのには、しっかりとした歴史的理由がある。皆さんが高速道路をより深く楽しめるよう、仕事とプライベートで年間約6万kmを走る私(都野塚也、ドライブライター)が中央道の支線の歴史について書く。

元々は中央道本線の予定

中央道富士吉田線。終点河口湖IC付近(画像:都野塚也)
中央道富士吉田線。終点河口湖IC付近(画像:都野塚也)

 日本の高速道路は、戦後の政治家・田中清一と、後に内閣総理大臣となる田中角栄の活動によって誕生した。1957(昭和32)年、最初の高速道路構想案である「国土開発縦貫自動車道法」が制定された。

 この法律は、日本の各地域に主要な高速道路を1本ずつ建設することを想定していた。日本の大動脈である東京~名古屋~神戸を最短距離で結ぶというものだった。

 東京~名古屋間は、東京都、神奈川県北部、山梨県を通り、山梨県から南アルプス連峰を経て静岡県北部、長野県南部、岐阜県を通る計画だった。

 南アルプス以東のルートは、現在の中央道の高井戸ICから大月JCT、大月JCTから富士吉田ICとほぼ同じルートだった。つまり、中央道の支線は当初、中央道本線として構想されていたのである。

 しかしその後、同じく東京と名古屋を結ぶ現在の東名の建設も提案され、政治家の間で

・中央道ルート派
・東名ルート派

が激しく対立することになった。とはいえ、中央道ルートが先に構想され、1962年5月、建設省は比較的建設が容易な東京~富士吉田ルートの実施命令を出した。

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