昭和~平成の「モテるクルマ」とは結局何だったのか? 日本が元気だったあの頃、人気車事情を振り返る

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昭和の昔から自動車雑誌における定番ネタとして「モテるクルマとは何か」というのがあった。驚くべきことにそれは令和の今でも変わってはいない。

1970年代終盤のスーパーカーブーム

池沢さとし『サーキットの狼』(画像:ゴマブックス)
池沢さとし『サーキットの狼』(画像:ゴマブックス)

 しかし自動車販売というビジネスにおいて経済活動の活性化に大きく貢献したわけではない。当時のクルマはあくまでも高根の花。若者の多くは買えても軽自動車という時代だった(軽自動車にもSやSSを名乗るモデルはあった)。

 なお、1970年頃は現在とは異なり雑誌の特集などで芸能人の愛車などが紹介されることもあった。そこに登場するのはおおむね外国製のスポーツカーなどだった。すなわち若者が気軽に購入できるようなものではなかった。

 外国製のスポーツカーといえば、1970年代の終わりには少年層を中心にいわゆるスーパーカーブームが起こる。池沢さとしの漫画『サーキットの狼』に端を発する社会現象である。

 これは数年にわたって日本社会をにぎわせ、一部ではビジネスとしての自動車市場を活性化させた。企業が高価なスーパーカーを広報活動用に購入するといった例が現れたのである。

 しかし、年齢に関係なく個人レベルでこうしたクルマを入手した層は極少数だった。要するにスーパーカーとはただ見るだけの存在。多くの若者にとってみれば、主として経済的な理由から実際の購入動機にはなり得なかった。

 若者文化での人気車が、そのまま市場での人気車としてランキングの上位を独占する程の多くの販売を記録する。こうした図式が一般化することとなったのは1980年代半ばのバブル前夜のことである。

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