新横浜駅周辺は「西武王国」 鉄道乗り入れないのになぜ? その背後にあったどす黒い歴史とは

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西武鉄道は新横浜線に乗り入れていないにもかかわらず、新横浜駅周辺には新横浜プリンスホテル、新横浜ペペなど、西武系の施設が目立つ。いったいなぜか。

暗躍する関西の不動産ブローカー

新横浜駅(画像:写真AC)
新横浜駅(画像:写真AC)

 当時の土地所有者から見れば、この買い占め手法は、

「だまされて土地を売ってしまった」

と憤って当然のものだった。

 設置計画の発表前、新横浜駅周辺の土地価格は坪あたり2000~3000円だった。その土地に対して「関西の不動産ブローカー」とされる中地らは7000円前後で買いあさっていた。その後、国鉄がこの地域の用地買収を実施する際に提示した価格は、坪あたりなんと

「8万円台」

だった。

 半ばだましに近い手法で「関西の不動産ブローカー」が購入した土地は、所有者が西武不動産(1970年西武鉄道不動産管理部門を分社。現在は解散)へと巧妙に移転している。『朝日新聞』1991年11月19日付朝刊の東京・神奈川版に掲載された連載「こちら新横浜 人工都市の素顔」の第9回では「古い話なので、わからない」という西武不動産のコメントを記した上で、こう記している。

「登記簿によると、プリンスホテルなどの土地は60年、西武グループの社員らの個人名で売買予約され、72年に西武不動産が買い取っている。元社員のひとり(68)は「会社に名義を貸すよういわれた。新横浜に行ったこともなく、金を出したこともない」。別のひとりはすでに死んでいるが、息子(40)は「葬式後社員が来て、『父名義の土地の権利を放棄する』といった書類に判をつくよういわれた」」

「西武が土地を買い占めている」ことを隠蔽(いんぺい)するために、中地らが購入した土地は、いったん東京ゴム(現・西武ポリマ化成)の社員名義で仮登記された。そして、ほとぼりが冷めるのを待って、徐々に西武不動産の所有になっていったというわけである。

 土地登記簿を見れば、その移転の経過は見ることはできる。さすがに費用がかるので北口すべての土地を確認していないが、新横浜駅の「西武王国」の登記簿からは、上記の記事に記された事実を確認することができる。

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