「お客様は神様ではない」 秋田のバス会社“反論広告”に見る、クレーマーの危うき心理状態 暴言は乗客を危険にさらす行為“そのもの”だった!

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秋田県能代市で路線バスやタクシーを運行する第一観光バスは3月中旬、地元紙に「お客様は神様ではありません」という意見広告を掲載。ネットでたちまち話題となった。今話題の「カスハラ」について考える。

暴言を吐く人の心とは

飛行機(画像:写真AC)
飛行機(画像:写真AC)

 前提条件を確認したところで、暴言を吐く人の心のなかで何が起きているか考えてみよう。

 人間は自分が制御できない予期せぬ問題に直面すると、不快感やストレスを感じ、攻撃的になることがある。例えば公共輸送機関が遅れたために大事な仕事の会議に間に合わない場合などが当てはまる。「大事な会議だったら早めに出ろよ」と突っ込みたくなる読者もいるかもしれないが、実はそこもポイントである。

 おそらく暴言を吐く人も、遅れて会議に行けば怒られる立場の人だろう。大事な会議の日に時間の余裕を持たずに出発した自分にも責任があることをうすうす感じている。しかし、問題の原因が自分にあると認めると、より強いストレスにさらされてしまう。

 会議に遅れて行って上司に怒られたときに、自分は悪くないと思い込むことができれば、怒られたストレスも軽減できる。そこで自分の心をストレスから防衛するために、誰かに責任を押し付け、不満をぶつけてしまうのだ。

 ここでは会議を例にあげたが、公共輸送機関のトラブルによって「うまく行かなくなること」のストレスを軽減し、主観的な責任逃れをするために、旅客事業者の従業員が

「攻撃対象」

となっている構造は共通だろう。

 さらに暴言を吐く人は、自分は客なのだから旅客事業者の従業員よりも立場が上だと考えている。秋田のバス会社は「お客様は神様ではない」と言っていて、筆者もそのとおりだと思うが、自分は神様で相手は逆らえないだろうと考えている人は、攻撃行動が出やすくなる。

 こういう状態に陥った人に対して否定的な反応をすると逆効果になる。しかし、言われている側は運行のプロフェッショナルであり、クレーム対応のプロフェッショナルはない。だから、ついつい

「でも」
「しかし」

などの否定語を口走ってしまうかもしれない。攻撃にさらされている人も心を防衛しなければならないので、このような反応はやむを得ないのだが、暴言を吐く人は否定的な反応をされると、自分の非を認めたくないので、さらに攻撃的になってしまう。

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