バス転換で注目 千葉「久留里線」を完膚なきまでに叩きのめした怪物の正体

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3月8日、JR東日本が久留里線の一部区間について、バス転換などを視野に入れて自治体との協議を検討していることが明らかになった。いったいなぜか。

減少し続ける君津市の人口

君津市(画像:(C)Google)
君津市(画像:(C)Google)

 君津市の統計によれば、上総亀山駅のある君津市藤林地区の人口は226人となっている。藤林を含む上総地区全体でも7362人にすぎない(2016年8月末現在)。

 さらに、路線の大部分を占める君津市の人口を見てみよう。2016年3月に発表された「君津市人口ビジョン」によると、同市の人口は1995(平成7)年の9万3216人をピークに下降を続けている。

 2022年1月時点での人口は8万2003人だ。今後も人口の減少は続き、2040年には6万5807人。2060年には4万7020人(2022年比43%減)となると見られている。

 君津市の人口はもともと、1965(昭和40)年に八幡製鉄君津製鉄所(現・日本製鉄東日本製鉄所君津地区)が発足したのを機に増加を始めた。当時は久留里線の利用者も現在より多かった。

 1968年、当時の国鉄の諮問委員会が全国の赤字ローカル線83線に廃止勧告を実施した際にも、久留里線は対象から外れている。この時点で、京葉工業地域が発展すれば人口が増え、久留里線沿線の利用者は増えると期待されていた。

赤字路線へと転落した理由

君津市の地区別人口の推移 (画像:君津市)
君津市の地区別人口の推移 (画像:君津市)

 しかし、実際にはどうだったのか。前述の「君津市人口ビジョン」では、地区別の人口推移を分析している。

 これによると、1955年に4万8824人だった君津市の人口は2015年には8万7813人(80%増)まで増加した。これは明らかに製鉄所が進出した効果だった。ところが、工場による人口増は限られた地区に集中した。

 工場周辺の君津地区では、1955年に1万3848人だった人口が2015年に6万3400人(358%増)まで増加している。

 対して、ほかの地域は微増か減少のいずれかである。上総亀山駅のある上総地区に限れば、1955年に1万5396人だった人口が、2015年に7662人(50%減)まで減少している。

 久留里線が赤字路線へと転落したのは、大幅な人口減があると見てよい。赤字理由はモータリゼーションの進展ばかりに目が向けられがちだが、久留里線では沿線の人口減が著しかったからと予想される。

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