ホンダジェットが5年連続で「小型ジェット機」トップの納入台数を達成できたワケ

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ホンダジェットは6年連続となる小型ジェット機カテゴリートップのデリバリー数を達成できなかった。2月23日のAir Data Newsが報じた。

ジェットを産んだホンダの企業体質

ホンダジェット(画像:本田技研工業)
ホンダジェット(画像:本田技研工業)

 これからの日本のモノづくりが「世界的な成功」を収めるためには、優れた先進技術やそれを支える技術者たちの育成、そして市場導入のマーケティング戦略が重要なのはいうまでも無いだろう。

 しかし、ホンダジェットの成功とかつてのYS-11の開発経緯を重ねると、「高度なモノづくり」の成功には、それ以上の何か問われているように思われる。それは、その開発者の「人生そのもの」が、かけられていたといえるのか?という視点だ。

 YS-11の場合は、戦前、戦後の激動の歴史の中である意味、偶発的だったともいえよう。しかしホンダジェットの場合は、創業者本田宗一郎にも秘密のまま、長期にわたる研究開発を絶やさなかった「本田技研工業」の企業体質があった。それが開発者、藤野氏の「人生そのもの」といえるホンダジェットを産んだのではないだろうか。

 理系・技術系人材の育成以上に、このような「人生そのもの」といえる開発には気が遠くなるような年月が必要となる。そのことを肝に銘じなければ、今後も日本が「高度なモノづくり」で成功を収めるのは困難であろう。

 2022年10月9日、3年ぶりに開催されたF1日本グランプリの決勝当日はあいにくの小雨交じりであった。岸田首相が歴代首相で初めてF1グランプリの会場で祝辞を披露し、大きな歓声が沸く鈴鹿サーキットを1機のホンダジェットが誇らしげに飛行した。

 曇天の中、日本国旗のような鮮やかな紅白をまとって飛ぶ、きらめく機体。筆者(J.ハイド、マーケティングプランナー)には、あたかもそこに開発者の「人生そのもの」が乗り移っているかのように見えたのである。

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