日本海軍からの民需転換 米国農場で発見された「国産軽トラ」の正体

キーワード :
, , ,
北米市場での人気が高まる日本の軽自動車。その系譜をさかのぼると、かつて日本海軍向け航空機用エンジンの生産に携わったメーカーによる「コニー」という車種に行き当たった。

オート三輪から軽貨物車市場への参入

愛知機械工業のコニー(画像:矢吹明紀)
愛知機械工業のコニー(画像:矢吹明紀)

 そのオート三輪だが、従来型の多くが屋根なしのオープンキャビン、キックスターターのみの空冷エンジン、バーハンドルとプリミティブだった。

 愛知機械が手掛けてからのヂャイアントのオート三輪は、耐候性に優れたフルキャビン、セルモーター装備の水冷エンジン、丸形ハンドルといった、同時代の他社の製品にはなかった装備が特徴だった。

 そんな愛知機械工業がオート三輪市場の斜陽化傾向とともに新たに1959(昭和34)年から参入することとなったのが、軽貨物車市場だった。当初はヂャイアント・コニーの名称で、1962年以降はコニーの名称とともに販売された。

 コニー・ワイドというモデルは1965年から登場したキャブオーバーモデルであり、キャブオーバーボディ化によって荷台面積が大幅に拡大されたことが由来と言われている、

 コニー・ワイドは、同時代の軽トラックの多くが2ストロークサイクルエンジンだったのに対して、静かで排気煙の少ない4ストロークサイクルエンジンを採用。しかも空冷水平対向2気筒エンジンをミドシップに搭載するという、非常に凝ったメカニズムが特徴だった。

 これは、愛知機械工業自体がオート三輪の時代から水平対向エンジンを多く手掛けていたことと無関係ではなく、これらのエンジンは他社も含めてエンジンオイルタンクを別体としたドライサンプが多数派だったこともあり、コニー・ワイドもドライサンプだった。

 これは、初代のヂャイアント・コニーから継承されたメカニズムだった。

全てのコメントを見る